赤とブルー
まだかよ、早くしろよ! とドアの向こうでオレ達を急かす声に、何事も無かったかのように今行く! と低い声を張った阿部がドアノブを握る。
オレの手の、上から。
そのまま力を込められ、阿部の捕手にしては厚くない手のひらと無機質な固まりに挟まれたオレの右手首が回転する。密室に外気が送り込まれた瞬間鼻の奥に届いたのは、確かに阿部だけの匂いでは無かった。
これぐらい瞑想の時にだって触れてるだろ、と自分に言い聞かせてみても、甲に与えられた感触はなかなか消えてくれない。オレが夢見ていたのは、もっと小さくて、柔らかくて、白い白い指だったのに。
そんなはずは無いのに熱を帯びている気がして、左の手のひらで擦ってみる。
姉貴が洗ってくれたTシャツからはもう二人の匂いは失せただろうか。オレはどんな顔してあれを着れば良いのだろうか。
阿部は、何がしたかったんだろうか。
いくら考えても腑に落ちる結論を出せそうにも無いと言うのに、ただ一つ、オレはこの先誕生日を迎える度に阿部の事を思い出してしまうだろうという事だけは確信する。
まるで呪いのようだと、十分な温度を保っている湯の中に体を沈めているのにも拘らず身体が震えて仕方が無かった。