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ちょこ冷凍
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novelistID. 18716
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Time to say goodbye

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 シーズン真っ只中を迎えた専用の着メロが居間に流れると、相変わらず仲いいなあと揶揄するように弟が視線を寄越してきた。羨ましいだろ? と携帯を取り出しながら返せば、鼻で笑ってまたテレビの方を向いてしまう。
 何故か弟は夏の定番となっているその曲が高校時代のチームメイト全員に設定しているものだと思い込んでいるようだった。特に問い質されもしないから、オレもあえて訂正はしていない。
――阿部だけ特別だなんて他のメンバーに知られたら何を言われるかわからないからなあ
 オレのトップシークレット、と自室のドアノブを捻りながら浮かんだその単語があまりにも自分に似合っていなくて、思わず噴き出してしまった。その間どんどん大きくなっていく着信音の音量が、まるでなかなか電話に出ないオレに対して苛ついている相手の機嫌を表しているようで、想像するだけでまた笑ってしまう。
「もしもし?」
『……何がおかしいんだよ』
――不機嫌、と言うよりは落ち込んでるか?
 電話越しの声色だけで阿部の状態がわかるようになった、と何かの拍子で花井に話したら微妙な表情で固まってしまったので、それ以来誰にも告げる事が出来なくなったオレの密かな特技は、今日も冴えていたらしい。
 こんな事になるなら、当たってなんて欲しく無かったのに。

「えっ!? オレ引っ越しの準備手伝うって言って無かったっけ?」
『フェリーの予約がいっぱいだったんだよ。そしたらちょうど今度の土曜の便でキャンセル出たって言うから、それ取った』
「そんな急に……。仕事だって引継ぎとかあるだろ?」
『あちこちたらい回しで研修させられてるような身にそんなもんねーよ。向こうは一日も早く人手が欲しいって言ってたから、むしろ好都合だってさ』
 無事大学院を卒業して新入社員となった阿部から最初の配属先が北海道に決まったと聞かされたのが五日前。話はさらに急速に進み、来週末に埼玉を出発する予定が一週間早まり、次の金曜日の夜に変更したと言い出したのだ。
 入居予定の会社の寮には必要最低限の家具家電が備え付けられているばかりか食堂まで完備されていて、共同スペースを清掃してくれる寮母さんのような人までいるらしい。だから着る物以外はほとんど持って行く必要が無さそうだと、会社で仕入れたばかりの情報を電話口の阿部は淡々とオレに説明してくれた。
 場所柄、車が無いとどこにも行けないらしく買ったばかりの愛車と共にフェリーで移動すると聞いて、同じ国の中だと言うのに阿部は随分遠い所へ行ってしまうんだなあと妙に感傷的になっていると、受話口を通して響いた低音に鼓膜が揺れる。
『おい、栄口!』
「え?」
『え? じゃねーよ。人の話聞いてんのかって言ってんだよ』
「あーごめん。何だっけ」
『……だから、金曜日は仕事終わんの遅いのかって』
 そっか、これで当分阿部と会えなくなるんだよな。ぼんやりと、とは言え勝手に予定を組み立てていた所へ予想外に早い出発を告げられ、思考がなかなか付いて行ってくれない。
「うん。多分大丈夫、早めに帰って来れる、と思う」
 曖昧なオレの返答に、わかった、と一言呟いた阿部は電話の向こうで大きな溜息を吐いた。

 考え無しにした返事は実際、あまり良いものでは無かった。今週中に纏めなければいけない報告を前日の朝方までかかって終わらせたオレは、足りない睡眠時間を乗り切ろうといつもよりテンション高く教壇に立ったものの、ある意味察しが良い生徒から先生、何か良い事でもあったの? と訊かれてしまう始末。興味津々と言った様子で顔を覗き込まれ、思わず全然! と元気に返すと、そっか、先生疲れてるんだね……と自分の半分の年齢の子に労われて複雑な気分にさせられた。
――私情を仕事に持ち込むのは、良くないぞ
 放課後になり、今日一日を振り返って反省しながら急いでルーティンワークを片付ける。これから会いに行くと言うのに気が付くと阿部の事を考えてしまってなかなか捗らず、こんな経験が無かった分、余計に動揺してしまう。
 結局、業務に掛かった時間は普段と変わらなかった。にも拘わらず、妙に疲れてしまったのは阿部の北海道行きが決まってからずっと空回り気味の日々を送って来たからに違いない。
 再び時計を確認してから大きく深呼吸をして胸に渦巻く焦燥感や不安を振り払うように勢い良く立ち上がると、後ろの席に座っていた同僚教師が体を捻りながら声を掛けてきた。
「栄口先生、合コンですか?」
 決してデートですか? とは訊かれない事に情けなさを覚えつつも友人の送別会なんです、と笑って見せると、同僚教師は途端にその表情を詰まらなさそうなものへと変えて行ってらっしゃい、と目の前の書類へまた視線を戻す。
 後はお先に失礼します、と笑って職員室を後にすれば良いだけなのに、そんな簡単な事が何故かとても難しく思えた。自分で紡いだ『友人』という単語に傷つくなんて、そんな今更、バカみたいだ。
 職員玄関で靴を履き替え、ふと正面を向いて立ち止まる。この近くで親族経営している会社から送られた物らしい、寄贈と書かれた小さな鏡に映った自分の情けない顔がかえって面白くて、ふらふらと近付いた。
――ただでさえ心配性の阿部にこんな表情見せられないよなあ
 最後なんだから笑って見送ろう、と思ってから、一瞬おいてはっとする。
――あれ、オレ今最後って
 いつの間にか終わりを覚悟している事に驚き、呆然と立ち尽くしてしまう。
 阿部の言葉を信じて待とうとすらしていなかった自分に、酷く落胆させられた。

 約束の時間より少し遅れて高速のインター近くのコンビニに到着すると、トラック用のスペースが数台ある広い広い駐車場には既に阿部の車が停まっていた。エンジンを止めてからその白い車の運転席に近付き、持ち主がいない事を確認してからオレは明るい店内へと足早に向かう。
 入店して、まず雑誌コーナーを一通り眺めてからぐるっと一周するようになったのはいつからだろう。昔は一直線にパンやおにぎりの棚に向かって行って、めぼしい物が無ければレジ横の保温器かカップラーメンと、とにかく食べ物しか目に入って無かった気がする。
 いらっしゃいませー、と女の子の声で崩れた歓迎の挨拶が聞こえた気がしたが、視界に阿部が飛び込んで来た瞬間全ての神経がそちらに集中してしまった。家に帰って着替えて来たらしく、いつも通りシンプルな格好でスポーツ雑誌を立ち読みしている姿を目に焼き付けるように少し離れた所で立ち止まる。
 いつ帰って来るんだろう。責任感が強くて好きな事には徹底的にのめり込む阿部の事だ、必要とされればこのままずっと遠い北国に身を埋めてしまうかもしれない。
 あの言葉の効力は既に無くなりつつあるなんて、放った阿部は思いもしていないだろう。
 コンビニの中にいる阿部。幾度と無く見てきたはずの光景から、色が消えて行く。
 十五の頃からずっと一緒だとは言え、お互い別の道に進んでからは顔すら見れない日々が続く事もあった。それでもここまで不安を抱えないでいられたのは、どうしようも無くなった時にはすぐに会いに行けると心のどこかで支えにしていたからだ。こういう状況になって初めて、知った。
作品名:Time to say goodbye 作家名:ちょこ冷凍