月曜二十三時の攻防
二十二時になっても、オレの携帯はメーラーしか機能していない。普段だったら賑やかしく装飾するオレが必要最低限の内容しか返さない事に心配してくれる奴もいたけど、今ちょっと忙しいと送るとそれっきり放っておいてくれた。
落ち着かない。待っている間に読み返そうと引っ張りだした二人を繋いでいるマンガも、全く頭に入ってこなかった。勝手に設定したタイムリミットは二十三時。いつもだいたいそれぐらいの時間に、泉からの電話があった。
それが過ぎたら一体どうするつもりなんだ? という疑問が頭を過ぎっては消えていく。昔からオレはあまり考え過ぎない方が物事が上手く行った。今日も、その時したいようにすれば良い。
二十二時五十三分。
手中でリズミカルに振動する携帯のサブディスプレイに表示されたのは、待ち望んだ名前だった。
『もしもし』
「泉……オレ、泉の事好きになっちゃったみたい」
『……』
あ、言っちゃった。
受話器越しに伝わる無言の返答に、オレは我に返る。
泉から電話が来なかった時のシミュレーションを頭の中で繰り返している内に、すっかり告白モードになっていたらしい。
『急にどーした?』
「いや、あー……。一日泉の事ばっかり考えていたら、つい」
『つい、で好きとか言えちゃうのか。お前すげーな』
「それ、褒めてないでしょ……。で、泉は? やっぱ男と付き合うのとかって、抵抗ある?」
『そりゃ、まー』
「そっか、そうだよね……。うん、ごめん今の忘れて。……忘れられないとは思うけど、今まで通り普通にしててくれると嬉しいなー、なんて……」
『お前、オレが何で毎週毎週電話するのかとか考えた事ねーの?』
「……オレをからかう為だとしか思って無かった……」
『じゃあ、今日は? ジャンプの発売日じゃねーって知ってた?』
「うん、さっき気が付いた。……ねえ泉、そういう言い方されると、オレ期待しちゃうんだけど」
『……すれば?』
「泉、オレの事好き?」
『そういう恥ずかしい事は言いたくねー』
「オレは聞きたいよ。言って、一度だけでいいから」
楽天家のオレでもこうすんなり自分の都合の良い展開になるとは考えていなくて、言質が取りたかった。
そんなオレに必死だな、と鼻で笑ってから、泉が声のトーンを落とす。
『……水谷が好きだ』
苦しくなった。
目の奥がツンとする感覚の後、鼻水が出てきたのでそれを啜りながら何とか言葉を発する。
「オレも、オレも泉が好き」
『そっか』
「早く会いたいね」
『そうだな』
「もー泉、素っ気ない!」
『うるせー。今日はもう遅いから、早く寝ろ』
「……じゃあさ、おやすみって言ってよ。そしたら寝るから」
甘えた声出してんじゃねーよ! と突き放されそうになって、もう一度強請った。
どうしても欲しい。その言葉、その声で満たされたい。
『……じゃあな、おやすみ』
「ありがとう。おやすみ愛してるよ」
泉の優しさが嬉しくて本心から出た言葉に、バカじゃねーの! という泉の狼狽した声が返って来た。それを遮るように電話を切ると、オレは熱を持った携帯電話に顔を擦り寄せながら両手を腰元まで持って行く。
今夜は、眠れそうになかった。