Thanks for your Birthday!
365分の1。他の誰かにとってはただの一日で、自分にとってだけほんのちょっと特別な日。
それでも今までは、僕は僕にとって特別なはずのその日を、他の誰かと同じようになんでもないことのように過ごしてきた。
だって僕が生まれたのは16年前で、今日意味があるわけでもない。
それなのに、どうしてこんなに嬉しいと思ってしまうんだろう。こんなに長くて短い一日があるってことを、僕は今日はじめて知った。
「帝人!ハッピーバースデー!!」
「おめでとう、帝人くん」
学校に着くなり、正臣が羽交い絞めにしてきた。あまりの勢いに苦しんでいると、その様子を後ろから眺めながら、園原さんがくすくす笑ってる。その後、珍しく登校していた矢霧くんと張間さんにも「誕生日なんだって?おめでとう」と言葉をかけてもらい、そんなやり取りを聞きつけたクラスの友達たちも、口々に祝ってくれる言葉を口にする。
別に特別なプレゼントをもらうということがなくても、自分の誕生日にあまり興味がなかった僕にとっては、そうやってお祝いの言葉をもらうこと自体なんだか新鮮で、くすぐったい。その日は意外にも一日そんな感じで、帰りに「プレゼントがない代わりにナンパにいこう!」と意味のわからないことを言ってくる正臣に軽く断ってから学校を出た。そういえば今日はセルティさんに呼ばれていたっけ。
珍しい誘いに首を傾げながら新羅さんのマンションに向かうと、そこでもサプライズが待っていた。
「帝人くん!よく来たね!今日はお祝いだよ!」
『帝人!誕生日おめでとう!!』
部屋に入るとクラッカーが鳴らされ、テーブルには所狭しと料理が並んでいた。パーティーのような光景に唖然と立ち尽くしていると、新羅さんに背中を押されて椅子に座らせられる。テーブルに並べられた料理はどれも手作りで、セルティさんはものを食べることができないから料理は苦手だといっていたけど、頑張ってつくってくれたんだということが伝わってきた。
「え、あの、これ、僕に?」
『もちろんだ!味にはまだ自信がないが…食べてみてくれ!』
「ケーキも作るっていってきかないのをなんとか押しとどめたんだよ!さすがにお菓子はまだおいしくな…ってセルティ!なんで叩くんだい!」
『新羅がうるさいからケーキは買ってきたものだが…気持ちはこもっているぞ!』
セルティさんがPDAを打ち込む手も軽快で、僕はお言葉に甘えて料理をいただくことにした。すごく上手ってわけではないけれど普通においしくて、頑張ってつくってくれたんだなあってことが伝わってきてなんだか泣きそうになってしまった。
「おいしい、です…」
まるで自分のことみたいに祝ってくれる二人に、僕はなんだか二人の子どもにでもなったかのような錯覚がしてちょっと気恥ずかしかった。
でも、どうしてこんなに良くしてくれるのかと問うと、ちょっと逡巡した末にセルティさんが再びPDAに文字を走らせる。それを見て僕はますます目頭が熱くなった。
『お前はただでさえ普段から自分のことには興味がないって顔をしてる。家族と離れて見知らぬ地に一人でいるのに、誕生日にまでそんなの、寂しすぎるだろう?』
僕はわざと、自分のことになんて興味ない振りをしてたのかな。そうやって何も見ないようにしていれば、寂しいと思うこともない。
それを見透かされたような気がして、僕は目尻に浮かんだ涙を隠すように、無心で料理に箸をつけた。熱い料理が喉を通って、胸の奥でじんわりと別の感情にかわった。
ひとしきり新羅さんとセルティさんのところでお祝いしてもらって、家路についたのは夜遅くだった。この時期でも夜はだいぶ冷える。ぶるっと身体を震わせながらアパートの階段を登ると、部屋の前に意外な人影がいた。意外過ぎる、ほどの。
「い…、臨也…さん?」
「ずいぶんと遅いお帰りだねえ。駄目だよ、高校生がこんな遅くまでほっつき歩いてちゃ」
手すりに寄りかかっていた身体を起こし、僕の方まで歩いて来る。靴が金属の廊下を叩いて、カンカン、と安っぽい音がした。
「あ、遊び歩いてたわけじゃ…」
「知ってるよ。新羅のとこに居たんでしょ」
「え、なんで…」
「当の本人から嫌味ったらしく電話があってね。今日は帝人くんを先約で借りたからとか悔しいだろうけど君は呼ばないとかなんか色々いってたけどその後は切ったから知らない」
「はあ…」
「とりあえず、まあ」
はい、と差し出されたのは小さな箱。新宿にあるケーキ屋さんの名前が刻まれている。傾けないようにそっと上だけを開けると、小さなピースサイズのケーキがひとつ、鎮座していた。その上には誕生日ケーキ用のホワイトチョコレートのプレート。普通はホールサイズのケーキに乗せるものなんだろう、小さな土台の上でバランス悪く傾いている。
「…ケーキ」
「今日誕生日なんだってね。ありがとうってことで」
「…………おめでとう?」
「ありがとう、だよ」
聞き間違いかと思って敢えて聞き返してみたのに、帰ってきたのはさきほどと変わらない、見当違いの言葉だけだった。
意味がわからなくて首をひねる僕を臨也さんは楽しそうに見下ろして、そしてやがて我慢できなくなったのか、声をあげて笑い出す。
「あは、はははっ、意味わかんないってカオ、してる」
「そりゃ、わかりませんよ。まあ臨也さんの言葉が理解できたことなんかありませんけどっ」
常人の遥か斜め上を行くような言葉に振り回されるのはもう日常茶飯事だ。理解なんてできるはずもなく、しようとすることさえとうに放棄した。「これが折原臨也だ」と、思うことで納得する。それでいいような気がしてる。
「言ってくれるねえ」と肩をすくめた臨也さんは、なぜかちょっとだけ楽しそうに見えた。
「誕生日おめでとうなんて、そのへんに転がってる当たり前の台詞、俺が君に言うと思う?」
「僕はありきたりのお祝いで充分嬉しいですけど」
「君を喜ばせようなんて思ってないよ。言ったでしょ、ありがとう、って」
この人は、今日が僕の誕生日だから今ここにいるんじゃないんだろうか。そのためにわざわざたった一個のケーキを買って、帰りが遅いのがわかっていてここで待っていたはずなのに。祝ってくれるというのもこの人にしては不似合いな気はしてたけど、実際ここに臨也さんがいて、僕のために似合わないことをしてくれたんだろうって思ってた。でも、実際ほんとうにそうじゃなかったのかもしれない。僕のためってことはなくて、本当は自分のためで、でも僕が原因なのにかわりはなくて、つまり。
「…俺はねえ、帝人くん。人ってすごく面白いものだと思うんだよ。ほんのちょっと切欠を与えてやればすぐに争いを起こす、かと思えば知らないうちに元の鞘におさまっていたりもする。毎日数えきれないほどの命が消えていくけど、同じだけ増えていく。そして今こうして生きてる俺たちも、所詮そんな流れの中にいるわけだ」
「……」
「明日誰かが消えても、どこかで別の誰かが生まれる。人口は1減って、また1増えて元に戻る。それだけだ。そう考えると、生まれて死んでいくことなんか、取るに足らない出来事のように思えるだろう?それでも俺は」
それでも今までは、僕は僕にとって特別なはずのその日を、他の誰かと同じようになんでもないことのように過ごしてきた。
だって僕が生まれたのは16年前で、今日意味があるわけでもない。
それなのに、どうしてこんなに嬉しいと思ってしまうんだろう。こんなに長くて短い一日があるってことを、僕は今日はじめて知った。
「帝人!ハッピーバースデー!!」
「おめでとう、帝人くん」
学校に着くなり、正臣が羽交い絞めにしてきた。あまりの勢いに苦しんでいると、その様子を後ろから眺めながら、園原さんがくすくす笑ってる。その後、珍しく登校していた矢霧くんと張間さんにも「誕生日なんだって?おめでとう」と言葉をかけてもらい、そんなやり取りを聞きつけたクラスの友達たちも、口々に祝ってくれる言葉を口にする。
別に特別なプレゼントをもらうということがなくても、自分の誕生日にあまり興味がなかった僕にとっては、そうやってお祝いの言葉をもらうこと自体なんだか新鮮で、くすぐったい。その日は意外にも一日そんな感じで、帰りに「プレゼントがない代わりにナンパにいこう!」と意味のわからないことを言ってくる正臣に軽く断ってから学校を出た。そういえば今日はセルティさんに呼ばれていたっけ。
珍しい誘いに首を傾げながら新羅さんのマンションに向かうと、そこでもサプライズが待っていた。
「帝人くん!よく来たね!今日はお祝いだよ!」
『帝人!誕生日おめでとう!!』
部屋に入るとクラッカーが鳴らされ、テーブルには所狭しと料理が並んでいた。パーティーのような光景に唖然と立ち尽くしていると、新羅さんに背中を押されて椅子に座らせられる。テーブルに並べられた料理はどれも手作りで、セルティさんはものを食べることができないから料理は苦手だといっていたけど、頑張ってつくってくれたんだということが伝わってきた。
「え、あの、これ、僕に?」
『もちろんだ!味にはまだ自信がないが…食べてみてくれ!』
「ケーキも作るっていってきかないのをなんとか押しとどめたんだよ!さすがにお菓子はまだおいしくな…ってセルティ!なんで叩くんだい!」
『新羅がうるさいからケーキは買ってきたものだが…気持ちはこもっているぞ!』
セルティさんがPDAを打ち込む手も軽快で、僕はお言葉に甘えて料理をいただくことにした。すごく上手ってわけではないけれど普通においしくて、頑張ってつくってくれたんだなあってことが伝わってきてなんだか泣きそうになってしまった。
「おいしい、です…」
まるで自分のことみたいに祝ってくれる二人に、僕はなんだか二人の子どもにでもなったかのような錯覚がしてちょっと気恥ずかしかった。
でも、どうしてこんなに良くしてくれるのかと問うと、ちょっと逡巡した末にセルティさんが再びPDAに文字を走らせる。それを見て僕はますます目頭が熱くなった。
『お前はただでさえ普段から自分のことには興味がないって顔をしてる。家族と離れて見知らぬ地に一人でいるのに、誕生日にまでそんなの、寂しすぎるだろう?』
僕はわざと、自分のことになんて興味ない振りをしてたのかな。そうやって何も見ないようにしていれば、寂しいと思うこともない。
それを見透かされたような気がして、僕は目尻に浮かんだ涙を隠すように、無心で料理に箸をつけた。熱い料理が喉を通って、胸の奥でじんわりと別の感情にかわった。
ひとしきり新羅さんとセルティさんのところでお祝いしてもらって、家路についたのは夜遅くだった。この時期でも夜はだいぶ冷える。ぶるっと身体を震わせながらアパートの階段を登ると、部屋の前に意外な人影がいた。意外過ぎる、ほどの。
「い…、臨也…さん?」
「ずいぶんと遅いお帰りだねえ。駄目だよ、高校生がこんな遅くまでほっつき歩いてちゃ」
手すりに寄りかかっていた身体を起こし、僕の方まで歩いて来る。靴が金属の廊下を叩いて、カンカン、と安っぽい音がした。
「あ、遊び歩いてたわけじゃ…」
「知ってるよ。新羅のとこに居たんでしょ」
「え、なんで…」
「当の本人から嫌味ったらしく電話があってね。今日は帝人くんを先約で借りたからとか悔しいだろうけど君は呼ばないとかなんか色々いってたけどその後は切ったから知らない」
「はあ…」
「とりあえず、まあ」
はい、と差し出されたのは小さな箱。新宿にあるケーキ屋さんの名前が刻まれている。傾けないようにそっと上だけを開けると、小さなピースサイズのケーキがひとつ、鎮座していた。その上には誕生日ケーキ用のホワイトチョコレートのプレート。普通はホールサイズのケーキに乗せるものなんだろう、小さな土台の上でバランス悪く傾いている。
「…ケーキ」
「今日誕生日なんだってね。ありがとうってことで」
「…………おめでとう?」
「ありがとう、だよ」
聞き間違いかと思って敢えて聞き返してみたのに、帰ってきたのはさきほどと変わらない、見当違いの言葉だけだった。
意味がわからなくて首をひねる僕を臨也さんは楽しそうに見下ろして、そしてやがて我慢できなくなったのか、声をあげて笑い出す。
「あは、はははっ、意味わかんないってカオ、してる」
「そりゃ、わかりませんよ。まあ臨也さんの言葉が理解できたことなんかありませんけどっ」
常人の遥か斜め上を行くような言葉に振り回されるのはもう日常茶飯事だ。理解なんてできるはずもなく、しようとすることさえとうに放棄した。「これが折原臨也だ」と、思うことで納得する。それでいいような気がしてる。
「言ってくれるねえ」と肩をすくめた臨也さんは、なぜかちょっとだけ楽しそうに見えた。
「誕生日おめでとうなんて、そのへんに転がってる当たり前の台詞、俺が君に言うと思う?」
「僕はありきたりのお祝いで充分嬉しいですけど」
「君を喜ばせようなんて思ってないよ。言ったでしょ、ありがとう、って」
この人は、今日が僕の誕生日だから今ここにいるんじゃないんだろうか。そのためにわざわざたった一個のケーキを買って、帰りが遅いのがわかっていてここで待っていたはずなのに。祝ってくれるというのもこの人にしては不似合いな気はしてたけど、実際ここに臨也さんがいて、僕のために似合わないことをしてくれたんだろうって思ってた。でも、実際ほんとうにそうじゃなかったのかもしれない。僕のためってことはなくて、本当は自分のためで、でも僕が原因なのにかわりはなくて、つまり。
「…俺はねえ、帝人くん。人ってすごく面白いものだと思うんだよ。ほんのちょっと切欠を与えてやればすぐに争いを起こす、かと思えば知らないうちに元の鞘におさまっていたりもする。毎日数えきれないほどの命が消えていくけど、同じだけ増えていく。そして今こうして生きてる俺たちも、所詮そんな流れの中にいるわけだ」
「……」
「明日誰かが消えても、どこかで別の誰かが生まれる。人口は1減って、また1増えて元に戻る。それだけだ。そう考えると、生まれて死んでいくことなんか、取るに足らない出来事のように思えるだろう?それでも俺は」
作品名:Thanks for your Birthday! 作家名:和泉