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【臨帝】いとしき歳月【腐向】

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泥酔した男を乗せたタクシーに向かい営業用の爽やかな笑みを貼り付けひらりと手を振ると、過ぎ去った時間に苛立ちを募らせる。
一時間程度で帰れると思ったのに、マンションを出てから二時間近く経過していたせいだ。

――帝人は、どうしているだろうか。途中で目を覚ますことなくあのまま、眠っていてくれてればいいのだが。
そう思えば、居ても立っても居られない焦燥に駆られ臨也は駆け出していた。
ここまで帝人に対し過保護になる自分なんて、出逢った当時は想像さえ出来なかった。

今まで人間という存在全てに向けてきた愛は、現在の自分が帝人に抱えるものと大きく異なる。
これが本当の愛だなんて陳腐な定義を付ける気はないが、胸に宿る帝人への、強い執着は。
人間という存在全てを愛するという定義を崩しにかかるには、充分だった。
ガラガラと瓦解してゆく自らのアイデンティティーに不安を感じる以上に、一人ぼっちにしている帝人への不安が心を占めていた。
安心して寝息を立てている姿を、一刻も早くこの目で確認したいと臨也は帰路を急いだ。

うっすらと汗まで滲ませながら夜の街を疾走し、自宅マンションのエレベーターに乗り込む頃には。
すっかり息が上がってしまい、こめかみに浮かび上がる汗が漆黒の髪を伝い頬を流れていた。
ふうと息を吸い呼気を整え流れ落ちる汗を掌で拭うと同時に、エレベーターのドアが開く。
一息ついたばかりだが、ドアを抜けると同時に廊下を駆け抜ければ再び呼吸が乱れる。
余裕さなどすっかりなくしている臨也は自らの乱れた髪型を気にする間も置かず、自宅のドアを開け放った。

「…っ」

忙しない靴音を響かせ室内に踏み込んだ臨也は、一面ガラスビューになっている窓から差し込む月明かりが光源となっている薄暗い室内へと、視線を向わせた。すると、ソファの上にちょこんと小さな人影を見つける。

「み、帝人…くん?」

見覚えのあるカシミヤの毛布を頭から被り全身を包み込んでいる帝人は、脅えているのか縮み上がりソファの上から微動だにしない。
臨也は帝人の元に急ぎ足で向うと座り込んでいる帝人の正面に膝を付き、包まっている毛布ごと小さな身体を抱きしめた。

「起きちゃったの?ごめんね、おそくなって」
「…っ、い、いざや、さん…」
「なーに?」

努めて優しい声を出しながら毛布のあわせ目に手を掛け、帝人の顔を覗き込もうとして思わず息を呑んだ。
帝人は白く丸みを帯びた幼い頬を熟した林檎のように赤く染め、大きくつぶらな双眸からボロボロと涙を零し泣きじゃくりながらも、小さな声を懸命に絞り出しこう呟いたのだ。

「おかえり、なさい」

「…ただいま。っていうか、もしかして…俺を待ってたの?」
へへっと少しばかり得意げに笑みコクンと頷いた帝人に、胸が締め上げられる心地がした。

「いつから?」
「えと、いざやさんがおしごとにいってから、すぐおきちゃったから、ずっと…」
「大丈夫だったの?こんなに暗い中…」
「でも、まってなきゃって、おもったから…」

自然と問い詰める形になってしまい怒られていると思ったのか、帝人がしゅんと項垂れる。
帝人が一人になる事を嫌う原因。夜を恐れる理由。それはお化けが恐いだけではない。
本当に帝人が恐れているのは――現実世界に居る、人間だ。

帝人の両親は帝人が生まれる前から、折り合いが悪く不仲だった。
物心ついたときから一人にすることが多く、両親揃って家庭を顧みることはなかった。
そして帝人を置き去りにして互いに家を出て行ってしまい、現在離婚調停中である。

臨也の遠い親戚にあたる帝人だが、母親の素行が昔から悪かったせいで引き取り手が無く。たらい回しにされる内、自分にお鉢が回ってきたのだ。
初めは冗談じゃないと臨也の元へ行くよう指示をした自分の母親に抗議をしたが、海外赴任中であるため面倒を見れない挙句他にもう預けられる先が無いと言われれば、一度受け入れざるを得なかった。
信者の女性を適当に騙して預けさせようと思ったが、帝人の生気をなくした虚ろな眼差しが妙に気にかかり、今日まで共に過ごしてきたのだ。あの時の直感を信じてよかったと、臨也は思う。

置き去りにされたトラウマで心に深い傷を負っている帝人は、夜の訪れを極端に恐れている。
臨也と過ごすうち徐々にその恐れが取り払われていった様子だったが、やはり一人にすべきではなかったと後悔した。

「あの、いざやさん」
「ん?何だい?」
「…おかえり、なさい」

心底嬉しそうににっこりと微笑みながら、臨也が戻ってきたことを反芻しているいたいけな帝人を、もう一度腕にきつく抱きしめ思う。
褒められた性格をしていない、まさしくクソッタレだと呼べる自分だが。この子だけは自分の手元に置き、大切に慈しんで育てていこう。
しかしただ甘やかすばかりではない。自分の手元から飛び立つ事が無いように優しい言葉で作り上げた網を張り巡らせ、無意識のうちに、この手に閉じ込めていく。だって、もう。この子なしの生活なんて考えられないのだから。

***

臨也が向ける歪んだ愛情は年月を重ねても色褪せることなく、十年経った今でも――否、時間を増していくほどに、密度の高い愛情へと変わっていった。

「臨也さん、おかえりなさい」
「ただいま。帝人君」

当時の幼さを残した屈託ない帝人の笑顔は、今日も臨也の胸を暖める。
きっちりとネクタイを締めた制服姿は清楚さを感じさせるが、耳の下辺りに浮かぶ所有の欲華がその印象を裏切っていた。
本人は恐らく気付いていないのだろう。普段なら痕に気付くと大げさに騒ぎ、逆に目立つと告げても言う事を聞かず絆創膏で無理やり隠しているから。
帝人の友人だと本人の口から名前の挙がる正臣や杏里は、色鮮やかな真紅の正体を思いさぞ気まずかっただろうと、臨也は苦笑を漏らす。

大人気ない歪んだ愛情は帝人の全身のそこ、かしこに証を刻んでいるが――帝人と臨也の薬指を飾る誓約の輝きこそ、なによりの証となっていた。


*END*