【腐向け】熱が伝わる【小太官】
九州で温泉といえば、島津領内の硫黄泉が有名だが…実は石垣原坑道にも温泉がある。
地面深くを掘り進めていると、自ずと源泉に突き当たることがあるので
坑道の者達が冬に体を清めようと思ったら、真っ先にこの湯を利用している。
小生も久しぶりに時間があるので、湯を浴びにいこうとしていたのだ。
いくら手枷がつけられていて1人ではまともに清められないといっても
ずっと風呂にも入らず行水もしないなんて生活には耐えられない。
…ただ困ったことに、今は誰も手のあいた者がいなかったのである。
体を清めたいのは山々だが手枷付きの小生が1人で湯を浴びることは
正直いって不可能、というよりも無茶である。
枷のせいで両手が不自由なだけでも困りものなのに、加えて厄介なのは鉄球や鎖で
湯の熱が移ったそれは、小生の体のあちこちに火傷をこさえてしまうのだ。
―クソ…何が悲しくて汗臭い体を放置しないといけないんだよ!
思わず舌打ちした小生であったが…ふと思いついてしまった。
そもそも今日暇なのは偶然ではなく、元から意図的に空けたのだ。
遠く小田原から、飛脚よろしく届け物をしに来る忍を待つために…
小生としては、刑部と風切羽が鉢合わせするという最悪の状況にならないよう
日程調整をしておいただけだったのだが…これを利用しない手は無い。
風切羽には余計な手間をかけることになるが…まあ背に腹は代えられん。
「というわけでだな。…風切羽、すまんが小生に湯浴みをさせてくれ」
いつものように主からの文を持参し、官兵衛さんの元へ赴くと
待ってましたと言わんばかりに出迎えられ、ことのあらましを説明された。
そして締めくくりに先程の台詞を言われたわけなのだが…
『それはかまわないのですが、俺は何を手伝えばよいのでしょうか』
湯浴みを手伝うことに関しては何の問題も無い。
元々、我が主である北条氏政から、小田原の無血開城に尽力してくれた恩人である彼に
出来る限りのことをするように常日頃から言いつけられている。
此度の文は返事を急ぐものでもないのでなおさらだ。
だが…どの程度まで手伝うべきかは本人に確認を取るよりほかはないので
俺は最近彼との意思疎通のために持ち歩く紙と筆を取りだし、質問を書き出した。
湯浴みは、鎧どころか服すらない無防備な姿を晒すためどうしても隙ができる時間だ。
慎重な彼にしてみれば、不必要なまでの手出しは警戒するだろうと踏んでの言葉である。
しかし返ってきた返事といえば…
「本当か?すまんな!とりあえず着替えと…
ああ、できれば小生の手の届かん背中なんかを洗ってくれんか?」
よりにもよって一番危ういであろう背後をさらす気満々だ。
元来警戒心が強く、頭の回る彼が俺の言葉の意図に全く気付かないとも思えないので
これは官兵衛さんなりの信頼の表し方なのかもしれない。
と…そこまで考えて、この程度のことで彼に気を許されていると浮かれる己自身が
少しばかり恥ずかしくなったのは秘密である。
…そんな経緯もあって、今俺は官兵衛さんと共に湯浴み場まで移動してきている。
まずは服を脱がせる必要があるので、約束通り彼を手伝い羽織や袖を外していった。
そして一糸まとわぬ状態になると、彼はいそいそと湯の噴き出す辺りへ近付…
―ま、待って!せめて前だけでも隠してください!
慌てて身振りで制止したのだが、当の本人は一瞬怪訝そうな表情をしてから笑って
「な~に気にしてんだ。男同士なんだから問題ないだろ!」
と言い放ち、そのまま歩きだしたので仕方なくそのまま後に続く。
確かに本来男同士で隠す必要はない…が、俺としては他ならぬ貴方だから困るのだ。
その理由は見苦しいとかいう類のものではない…だからこそかなりの罪悪感を感じる。
鍛え上げられた彼の体にはしっかりとした筋肉が付いて、思わず目を奪われてしまう。
俺が、備え付けられている桶で湯を掬いあげ、それを彼の肩の上で少しずつ傾けていくと
湯は官兵衛さんの首筋から背や腹筋へ流れていき、最後には太股へと滑り落ちていった。
微妙に目のやり場に困る俺を尻目に、彼は気持ちよさそうにため息をついている。
「ふう…やっぱり冬には行水よりも湯浴みだなぁ…」
こないだうっかり近くの湖に落ちたら、だいぶ水が冷たくなっていてなあ…だなんて
心配になることを話してはいるが、本人はいたって上機嫌だ。
…せめて今日ぐらいは寒い思いをさせまいと、俺は無心に湯をかけ続ける。
そして十分にかけ湯が済んでから、官兵衛さんはいよいよその身を湯船に沈めた。
場所が場所なだけに湯船も簡素な作りだが、それでも彼は満足な様子だ。
…そろそろ湯につかってから一刻は過ぎた。
くつろぐ官兵衛さんの邪魔をするのは心苦しいが、このままでは彼が逆上せてしまう。
源泉近くから湯を引いているこの湯は存外熱めなので、用心に越したことはない。
そう判断し、湯船に浸かる彼の肩に軽く手を置くと…
「うひゃあ!」
…なぜか叫ばれてしまった。もしかして自分は忘れられていたのだろうか?
だが実際の理由は違ったようで、彼は振り向くとすぐにこう言ってきた。
「お前さん、随分冷えてるじゃないか!早く言えよ!」
なるほど、温まった彼の体には俺の手は冷たすぎたようだ。
忘れられていたわけではなかったと内心ほっとしていたら、彼は続けてこう言った。
「せっかくだ、風切羽も入らないか?落ちつかんのなら小生は上がっておくぞ。」
心配気に声をかけてくれる彼の気持ちは有難いが、俺の体温の低さは元々だ。
だから問題ないのだと首を横に振れば、官兵衛さんは不満げな顔をしたものの
別に遠慮はいらないんだがな…と呟きながら湯船から出てきてくれた。
…彼が上がる時、つい不埒な視線を向けそうになった己を殴りたい。
と、その時
「よいしょ…って熱ぅーー!」
官兵衛さんが突然叫んだので、驚いて彼の方に目をやると…
…なぜか腕や足に火傷ができていた。それも、鎖のような跡の。
どうやら鉄球を置いていた位置が運悪く温度の高い場所だったようだ。
その鉄球の熱が鎖にも伝わり、それを知らずいつも通りに鎖を扱った官兵衛さんは…
―なんて冷静に分析している場合じゃない!
我にかえった俺は、まず未だ彼に絡みついていた鎖を解く。
力任せに鎖を解いたせいで彼は転びそうになったが、それを見逃すほど馬鹿ではない。
転ぶ前に背後から片腕で抱き上げて、もう片方の手で懐に忍ばせている薬を取り出し
見つけたそばから火傷跡に塗りこんでいった。
「あ、すまな…って冷たぁ!ちょ、どこ触っ、うひゃっ!」
本当ならちょっと急いで水でも取ってきてから冷やした方がいいのだろうが
いかんせんわずかな間でも官兵衛さんを独りきりにするのは正直不安だ。
…そのわずかな間で余計に火傷を増やしかねないので怖い。
俺の手の冷たさで驚いている官兵衛さんには悪いが少し我慢してもらおう。
貴方の怪我を前に、何もせず見ていることなんて俺にはできやしないのだから。
あらかたの火傷に薬を塗り終わったので、官兵衛さんを地におろした。
少し赤くなっているが、この様子なら深部までは達していないようである。
地面深くを掘り進めていると、自ずと源泉に突き当たることがあるので
坑道の者達が冬に体を清めようと思ったら、真っ先にこの湯を利用している。
小生も久しぶりに時間があるので、湯を浴びにいこうとしていたのだ。
いくら手枷がつけられていて1人ではまともに清められないといっても
ずっと風呂にも入らず行水もしないなんて生活には耐えられない。
…ただ困ったことに、今は誰も手のあいた者がいなかったのである。
体を清めたいのは山々だが手枷付きの小生が1人で湯を浴びることは
正直いって不可能、というよりも無茶である。
枷のせいで両手が不自由なだけでも困りものなのに、加えて厄介なのは鉄球や鎖で
湯の熱が移ったそれは、小生の体のあちこちに火傷をこさえてしまうのだ。
―クソ…何が悲しくて汗臭い体を放置しないといけないんだよ!
思わず舌打ちした小生であったが…ふと思いついてしまった。
そもそも今日暇なのは偶然ではなく、元から意図的に空けたのだ。
遠く小田原から、飛脚よろしく届け物をしに来る忍を待つために…
小生としては、刑部と風切羽が鉢合わせするという最悪の状況にならないよう
日程調整をしておいただけだったのだが…これを利用しない手は無い。
風切羽には余計な手間をかけることになるが…まあ背に腹は代えられん。
「というわけでだな。…風切羽、すまんが小生に湯浴みをさせてくれ」
いつものように主からの文を持参し、官兵衛さんの元へ赴くと
待ってましたと言わんばかりに出迎えられ、ことのあらましを説明された。
そして締めくくりに先程の台詞を言われたわけなのだが…
『それはかまわないのですが、俺は何を手伝えばよいのでしょうか』
湯浴みを手伝うことに関しては何の問題も無い。
元々、我が主である北条氏政から、小田原の無血開城に尽力してくれた恩人である彼に
出来る限りのことをするように常日頃から言いつけられている。
此度の文は返事を急ぐものでもないのでなおさらだ。
だが…どの程度まで手伝うべきかは本人に確認を取るよりほかはないので
俺は最近彼との意思疎通のために持ち歩く紙と筆を取りだし、質問を書き出した。
湯浴みは、鎧どころか服すらない無防備な姿を晒すためどうしても隙ができる時間だ。
慎重な彼にしてみれば、不必要なまでの手出しは警戒するだろうと踏んでの言葉である。
しかし返ってきた返事といえば…
「本当か?すまんな!とりあえず着替えと…
ああ、できれば小生の手の届かん背中なんかを洗ってくれんか?」
よりにもよって一番危ういであろう背後をさらす気満々だ。
元来警戒心が強く、頭の回る彼が俺の言葉の意図に全く気付かないとも思えないので
これは官兵衛さんなりの信頼の表し方なのかもしれない。
と…そこまで考えて、この程度のことで彼に気を許されていると浮かれる己自身が
少しばかり恥ずかしくなったのは秘密である。
…そんな経緯もあって、今俺は官兵衛さんと共に湯浴み場まで移動してきている。
まずは服を脱がせる必要があるので、約束通り彼を手伝い羽織や袖を外していった。
そして一糸まとわぬ状態になると、彼はいそいそと湯の噴き出す辺りへ近付…
―ま、待って!せめて前だけでも隠してください!
慌てて身振りで制止したのだが、当の本人は一瞬怪訝そうな表情をしてから笑って
「な~に気にしてんだ。男同士なんだから問題ないだろ!」
と言い放ち、そのまま歩きだしたので仕方なくそのまま後に続く。
確かに本来男同士で隠す必要はない…が、俺としては他ならぬ貴方だから困るのだ。
その理由は見苦しいとかいう類のものではない…だからこそかなりの罪悪感を感じる。
鍛え上げられた彼の体にはしっかりとした筋肉が付いて、思わず目を奪われてしまう。
俺が、備え付けられている桶で湯を掬いあげ、それを彼の肩の上で少しずつ傾けていくと
湯は官兵衛さんの首筋から背や腹筋へ流れていき、最後には太股へと滑り落ちていった。
微妙に目のやり場に困る俺を尻目に、彼は気持ちよさそうにため息をついている。
「ふう…やっぱり冬には行水よりも湯浴みだなぁ…」
こないだうっかり近くの湖に落ちたら、だいぶ水が冷たくなっていてなあ…だなんて
心配になることを話してはいるが、本人はいたって上機嫌だ。
…せめて今日ぐらいは寒い思いをさせまいと、俺は無心に湯をかけ続ける。
そして十分にかけ湯が済んでから、官兵衛さんはいよいよその身を湯船に沈めた。
場所が場所なだけに湯船も簡素な作りだが、それでも彼は満足な様子だ。
…そろそろ湯につかってから一刻は過ぎた。
くつろぐ官兵衛さんの邪魔をするのは心苦しいが、このままでは彼が逆上せてしまう。
源泉近くから湯を引いているこの湯は存外熱めなので、用心に越したことはない。
そう判断し、湯船に浸かる彼の肩に軽く手を置くと…
「うひゃあ!」
…なぜか叫ばれてしまった。もしかして自分は忘れられていたのだろうか?
だが実際の理由は違ったようで、彼は振り向くとすぐにこう言ってきた。
「お前さん、随分冷えてるじゃないか!早く言えよ!」
なるほど、温まった彼の体には俺の手は冷たすぎたようだ。
忘れられていたわけではなかったと内心ほっとしていたら、彼は続けてこう言った。
「せっかくだ、風切羽も入らないか?落ちつかんのなら小生は上がっておくぞ。」
心配気に声をかけてくれる彼の気持ちは有難いが、俺の体温の低さは元々だ。
だから問題ないのだと首を横に振れば、官兵衛さんは不満げな顔をしたものの
別に遠慮はいらないんだがな…と呟きながら湯船から出てきてくれた。
…彼が上がる時、つい不埒な視線を向けそうになった己を殴りたい。
と、その時
「よいしょ…って熱ぅーー!」
官兵衛さんが突然叫んだので、驚いて彼の方に目をやると…
…なぜか腕や足に火傷ができていた。それも、鎖のような跡の。
どうやら鉄球を置いていた位置が運悪く温度の高い場所だったようだ。
その鉄球の熱が鎖にも伝わり、それを知らずいつも通りに鎖を扱った官兵衛さんは…
―なんて冷静に分析している場合じゃない!
我にかえった俺は、まず未だ彼に絡みついていた鎖を解く。
力任せに鎖を解いたせいで彼は転びそうになったが、それを見逃すほど馬鹿ではない。
転ぶ前に背後から片腕で抱き上げて、もう片方の手で懐に忍ばせている薬を取り出し
見つけたそばから火傷跡に塗りこんでいった。
「あ、すまな…って冷たぁ!ちょ、どこ触っ、うひゃっ!」
本当ならちょっと急いで水でも取ってきてから冷やした方がいいのだろうが
いかんせんわずかな間でも官兵衛さんを独りきりにするのは正直不安だ。
…そのわずかな間で余計に火傷を増やしかねないので怖い。
俺の手の冷たさで驚いている官兵衛さんには悪いが少し我慢してもらおう。
貴方の怪我を前に、何もせず見ていることなんて俺にはできやしないのだから。
あらかたの火傷に薬を塗り終わったので、官兵衛さんを地におろした。
少し赤くなっているが、この様子なら深部までは達していないようである。
作品名:【腐向け】熱が伝わる【小太官】 作家名:セイロ