間違えてしまった。
最初はどうして、と思った。
間違いなく愛し合えてると思っていたから。
俺たちの間にはいつだって穏やかな空気が流れ、いつも満たされていた。
だけど、いつだって穏やかな空気で満たしていてくれたのは、帝人くんだった。
夜の色が濃くなって、風はさらに冷たくなる。
もし「寒死」という死のジャンルがあれば、俺は今死んでる。
だけどただ寒いだけでは人間は死ねないから。
もちろん、この公園のベンチで一晩過ごせばあの世行きも難しくはないだろう。
でも、まだ死ねない。
『寂しいです。』
また耳元で声がする。
でも、これは思い出じゃない、幻聴だ。
帝人くんは最後までそんなことは一言も言わなかった。
『臨也さん、僕、寂しいです。』
その声は泣き声のようで、俺を責める。
もしも帝人くんが一回でもそう言えば、俺は全てを投げ出して帝人くんを抱きしめただろう。
そうなるとわかっていたから、帝人くんは言わなかった。
だから、本当は気付いてあげるべきだったんだ。
「臨也さん…?」
「ああ、ごめんね、起こした?」
「いえ、お仕事ですか?」
「うん、ちょっと。」
「…いってらっしゃい。」
帝人くんはいつもとなんの変化も無く笑った。
だから俺は見逃した。
なんて、言い訳で、俺は奢っていた。
帝人くんなら大丈夫だと。
あの子が我慢してしまう子だと知っていたのに。
家に帰って、帝人くんの物が一つも無くなった部屋を見て、悟った。
最初は怒りが込み上げて、自分の手から血が出るほど壁を殴りつけた。
そのうち壁じゃ物足りなくて、人を殴った。
冷静になんてなれるはずもなくて、ただただただ、今は此処に居ない帝人くんに怒っていた。
すぐに見つけ出して、二度と逃げられないように鎖で繋いで、しっかりとこの腕の中に閉じ込めておこうと思った。
そう、それは実行出来た。俺の情報を持ってすれば。
でも、
公園の出口にはリスの石像が二体、向き合って立っている。
俺の膝くらいの高さの二体は、赤と青で、きっと一生このまま二体で立っているんだ。
石像だから当たり前だけど。
俺たちも同じように一緒に居るのが当り前になりたかった。
君が居ないこの冬は、馬鹿みたいに寒い。
俺は呼び鈴を押した。
呼び「鈴」だけど、ブザーのようにブー、と間抜けな音をたてた。
前とは違ってもやっぱりボロアパートに住むのか、君は。
中で人が動く気配がして「はい。」と、声が聞こえる。思い出でも、幻聴でも無い。
「寒いから、入れてくれない?」
俺の声に中の人間の動きが一瞬止まる。
そしてから、慌てたようにドアが開く。
俺は開口一番に言おうと思ってた言葉、「ごめん」の「ご」の形に口を変えた。
だけど久しぶりに見た君が、今にも泣き出しそうな顔で出迎えるから。
「…俺から逃げられると思った?」
思わず間違えてしまった。