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【太妹】現と夢幻の狭間で

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酒の肴にゃあ、ちいと物足りないが、何、これも縁だと思って聞いていきなせえ。
むっかし、むっかし会った、ある男の話しでさあ。
ありゃあ夢だったのか、現だったのか、そいつにも分からねえらしいが、不思議と忘れられんでなあ。



さてさて、その日はいつになく冷えた夜だった。


「うー暗えな…野良でも出る前に帰んねえと」

掌を擦りながら駆け足ぎみに歩を進める。独り、野良が出るやもなんて呟いてみたが、実の所はじわじわと浸食してくるような闇の気配に怯えていた。最近、特に今夜の様な朧月が出る晩に、なんぞ異形の者を見ただのという噂がはびこってるせいもある。

昼間こそ、そんな馬鹿な、あらぬ事と周りと同じく嗤ってみせたが、元より臆病な所がある己は予想に違わず足を震わせ土を蹴っていた。

「くそっ、こんな事なら途中で席を外すなどせねば良かった…」

下っ端である手前、家主が勧めるからと言って無闇矢鱈に泊まる訳にもいかず、後ろ髪惹かれつつも宴の席を後にしたのが数刻前。己の臆病と身分の礼儀。秤に懸ける事自体からしておかしいのだが、今の彼にはその思考を厭う余裕すらない。

「誰ぞ、すれ違いでもすれば心易くもなるだろう、に…」

ぶつぶつと呟きながら歩くさなか、目に端に映った其れに一瞬、見間違いかと思った。
己の言葉が遂に異形の幻想まで生みだしたかと、背中を冷たい物が走り抜ける。実は、今までにそのような経験が無い訳ではないのだ。いくら其れは夢だと願おうが、見える物は仕方ないし、聞こえる物は聞こえるには違い無かった。
しかし、その時は徐に振り返った其処には異形では無く確かに人が存在していた。

淡い光に照らされた髪色は、色素の薄い亜麻色で、月を見上げる横顔は幽鬼の様に白く光っていた。
肩までの髪はさらさらと風になびき、時折合わせて翻る薄紫の裾が彼の存在をこちらと結ぶようだった。
まるで其処だけ世間から隔離されたような、そんな錯覚さえ覚えるような、其れほどに不安定で頼りなかったが確かに、彼はいたはずだった。

見つめていたのは数刻か、其れとも一瞬かも分からなかったが、その男がこちらを向いた時にようやく呼気を思い出したと云う程に、時に呑まれていたのを憶えている。

おかしいとは思わなくも無かった。
誰もおらぬ様な、こんな夜更けの、こんな場所に。
しかし、其れを問い詰めるでもなく言葉を呑みこんだのは、其の眼が、あまりに儚かったせいだろうか。

「どう、いたしました?」

幾ばくかの後に口を開いたのは彼の方だった。思うよりも凛とした声音に驚き、僅かに背を震わした己に彼は優しく微笑んだ。

「どうぞ平らに」
「い、え…すみません。此の様な更けた刻限に如何なされたのかと気になり申して」
「そうですか。御身足お留めしてしまって…」

僅かに肩をすくめて首を傾ける仕草をするも、理由を言う気は無いのか変わらず口元は緩く孤を描くばかりだった。もしや、独りで耽っていたかったのだろうか。此方の方が余計な世話をしてしまったのかもしれない。

彼は居心地の悪さを感じ、男に背を向けようとした。

「昔の事を振り返っておりました」

ふい、と目線を上げると男は一つ己に微笑んで元の様に月を見上げる。

「どんな…」
「ある人と、此処で弁当を食べた事を」
「此処で?」
「此処で、です」

くすくすと笑う彼は、正確に言わんとする事を汲み取ってくれたらしい。
無理もないだろう。こんな、目立った桜や銀杏の大木も無ければ、涼しげなせせらぎを奏でる川も無い、こんな草ばかりの所で。


「馴染みの方でいらしたのですか」
「いいえ。僕の上司です。おっさん、って言ってもいい程の大の大人で」
「おっさ…」

楽しげな彼には悪いが、想像してしまった光景に絶句した。
ようよう見れば、見目も悪くない彼が、麗しい女子と共に歌宴の席にいるのならまだ分かる。
しかし、こんな叢で、しかも加齢臭漂うむさくるしい脂ぎった上司と微笑むのは想像の限界という物だ。
もしや、此処で遺憾なことでもされたのではないだろうか。可哀想に無理もない、この容姿だ。

「あ、あのー…何を考えてるのか知りませんが、僕、憐れむ様な目で見られる事を言いましたか…?」

困った様に眉を下げて顔を覗きこまれ、今まさに己こそが遺憾な妄想を抱いていたと気付き真っ赤になる。

「いいっ!? いいいいえ、いえ、いえ! 変わった上司をお持ちだなと思っただけで!」
「確かに、少し、というか結構に物好きだったかもしれません」
「物好き…?」
「そう、物好きです」

ふ、と何かを思い出す様に目を細めた彼と、己の間に一陣の風が吹き、思わず眼を瞑った瞬間。

―物好きで、悪かったな。

「え?」
「はい?」
「い、今…何か言って」
「? 僕がですか? いいえ、別に何も…」
「え、あれ…?」
「変なお人だ」

くく、と喉を震わせ笑い出してしまった彼に、何やら情けない気分になったが、先程よりも現実染みて感じる事に気付き、もしや彼の本性はこちらなのではと思う。らしい、というか、初対面ではあるが、おそらくこう笑っているのが彼にとっての自然体なのではないだろうか。

「そのー…上司の方って…」

聞いてはいけないような、しかしどうにも口は滑って行く。

何かが聞きたい訳でもないのに、何かを聞かねばいけないような。
知りたいのは、彼か、それとも彼の云う上司の事か、それとも?
自分でもうまく言葉に出来ないというのに、何を彼に求めようと云うのだろうか。

しかし、彼は其れを問うでもなく前を向いたまま優しく語り続けた。

きっと、見えないけど彼は微笑んでいたんだと思う。

なのに、飛び出した言葉は。

「死にました」

思わず言葉を失くすほどの衝撃を与えてきた。

「あ…」
「え、あの…?」
「すっ、すみません! どうしてか、何でだろ、俺は…」

冷える手先に、うろたえる鼓動に、焦る思考に、何よりぼたぼたと溢れる涙をどれも止められないのだ。

自分と彼は初対面で、何も特別な言葉を感情を受けた訳で無くて、それで、それなのに。

痛い、頭を押さえてもがんがんと響く物が止まない。

「う、るさっ…!」
「え? 誰がです?」
「く、そっ…分かんねえ。あんたが、そうやってるのが嫌だって」
「そう、やってる…?」
「そう、そんな風に」

泣くのを耐えて笑うのが嫌だって、何か、うるせえんだよ…。

「う、そ…だ…」
「嘘じゃねえよ。声もなんも聞こえねえけど、ずっとずっと嫌だって聞こえてくる。なんだよこれ、なんでだよ、お前なんなんだよ!? 何で、なんで分からねえんだよ!」

何で分からない。何で聞こえない?

こんなにも、大きくて強い想いが、何故わからない?

「嘘だ嘘だ! そんな事、なんであんたが言うんだよ!? 初めて会ったお前に何が分かるっていうんだよ!」
「俺だって分かんねえよ! うるせえんだよ! ずっとずっと叫び声が止まねえんだよ! ずっと」

「いもこいもこって、訳分かんねえ叫び声あげやがって!」

途端、怒り狂っていた彼の目が見開かれ、怒号がぴたりと止んだ。

「いも、こ…? そう、言ってるの…?」
「ああ。相変わらず泣きじゃくりながら、そればっか」