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怪盗と名探偵/詰め合わせ

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めっせーじ



悴んだ手でたった一文打ち込む作業が途方もないことだと気がつくのが、快斗はいつもほんの少し遅い。ようやく快斗はこの作業が後悔へと続いているのを思い出す。前に送ったメールも、その前に送ったメールも、うやむやに終わりにするのはいつだって新一の方だった。彼とは似ているようで似ていない。自分は新一よりもよっぽど粘着質なのだ。最後の句読点まできっちり打ち終わってようやく出てきた言葉は「バーカァ」。吐いた言葉もろとも白くなって道路の忙しなさの中に消えた。
受け取る方はいい。送る方はいつだって何十倍もの勇気と期待を込めているという事にいい加減気がつけ、という意味の。「バーカァ、」「新一の!」
苛立ち紛れに押したボタンはしかし間違いなく送信のボタンだった。何もこんな寒空の下、電柱に寄りかかって打つこともないだろうに。彼のためなら底なしの馬鹿にでもなれるのだろう。快斗は携帯を閉じてそのようなことを思った。

“今週の土曜日、あいてる?”

疑問にはすべからず返事をするべきであるという快斗の信念は新一の前で悉く打ち砕かれてぼろぼろになっていった。快斗はあるいは、元から新一などにメールなどしていないのではないかという錯覚に陥る。(おいおい、俺は質問しているんだ、)(答えを用意するのは当たり前だろう?)心がぽっきり折れる音を快斗はいつもここで聞く。「あーあ、」
探偵が住まうビルの喫茶店に乱暴に席をとると快斗はポケットで随分温まった携帯をテーブルに投げ出した。申し訳程度に付けたストラップがテーブルに擦れて鳴いた。そのまま頬杖をついたら無愛想な店員が遠慮なしに注文を聞くものだから、こちらも喧嘩口調になって、「珈琲!」と投げつけてやった。それでも反応がなくて、以上ですねって顔で去っていく店員に快斗はいちいち苛々する。別に本当はこんな店員なんて快斗にとってはどうでもいいはずなのに。メールを送信してから既に2時間が経っていた。いくら彼が学生だからって、(携帯ぐらいきちんとチェックしろっての)。目の前を可愛らしい女子校生がスカートをひらひらさせて通り過ぎる。もうすぐで中身が見えてしまいそうだ。この寒い中よくそんな恰好でいられるな、と思いつつも頭の中は(白、か?) どん! 目の前をすごい音で遮られた。それはただのコーヒーカップで、快斗は思わず顔をあげた。先程の店員が不愉快極まりない笑顔で、「ごゆっくりどうぞ」。なんだ、そんな顔も出来るじゃないの。先程の無愛想よりよっぽどいい。女は笑い顔が一番だ。女子高生は気が付いたら消えていた。中身を確認する術もない。快斗は大人しく珈琲に手を付けた。冷えた喉に熱い液体が流し込まれて、少し、むせた。
珈琲を4杯ほど飲んでから、快斗は本来の目的を思い出した。5杯目のおかわりを頼んだ時だった。ようやく己の携帯電話が鈍い音を立てて光った。快斗は自身でも驚くくらいのスピードでそれを開いたが、中身はただの迷惑メールで、すぐにそれを元の通りに戻した。一体何をしているのか。快斗はおかわりを持ってきた店員が先程までの店員でないことに驚いた。そんなに時間が経ったのか。サラリーマンやら何やらが増えるはずである。自分で頼んだはずのおかわりを断って快斗は店内を飛び出した。それは、夜の始まりだった。

磨き上げられた白い靴で眠っていたコンクリートたちを打ち付けるのはこの上ない喜びだった。一歩、また一歩と徐々にスピードを上げると、せーので闇夜に羽ばたく。バサバサと大げさな音がしてすぐに飛行は安定する。怪盗はこの瞬間が堪らなく好きだ。(すっげえ、)
怪盗は淡々とその日の作業を終えると、蜘蛛の子を散らしたように追いかけてくる警察官共を華麗に蹴散らす。いつもより鉄仮面なせいか、妙に味気ない。いくら束になってこいつらがかかってこようと所詮怪盗の心を動かすことはないのだ。
屋上に来た。飛び立つ身である怪盗はいつも最後にはこの場所にいた。
息を切らした青年が、怒ったように怪盗の前立ちはだかる。
(そう、俺の心を)(動かすのは)
「おい、KID!」
震えるようだった。目の前の青年が発した、己の擬人的な名を、怪盗はこの上なく嬉しいと。呼ばれるためにこの名を冠したかのような、誂えた名前。
それでも怪盗と名探偵としてはこの関係は破綻しているし、始まる前から終わっている。怪盗は快斗としてこの場に存在足りえないのだ。
怖い顔をして追いかけてくる名探偵の分、怪盗は笑顔でいようと心掛ける。だけど、やはり頭の隅からチリチリと侵略してくるのは。(あのメールの行方……)
「KID!」
呼ばれる度に怪盗は心臓を鷲掴みにされている気になる。いっそそのまま引きぬいてくれたらどんなに楽かと。こないメールに悩むこともなくなる。
「名探偵なら俺が不機嫌な理由ぐらい当てやがれ!」
捨て台詞だった。怪盗として有るまじき行為。後ろから誰かに頭を叩かれても可笑しくないようなそんな。言い切ってから怪盗は下がり足でビルを飛び降りた。すぐに白い翼が気流に乗って舞い上がる。茫然とした青年の顔をモノクルの端で微かに捉えた。

「あー、そう。そういうことなの!」
これって所謂倦怠期ってやつ?もっといっぱい話したいとか一緒にいたいとかそんなの俺だけってわけか。快斗の最後の自尊心がさらっと砂に返った。ベッドにダイブしながら握りしめていた携帯電話を叩きつける。そんなことをしたところでこいつは一向に鳴る気配はない。センター問い合わせもしすぎて悲しくなったから、潔く20回目でやめた。やはりこんなもの後悔へのスタートでしかなかった。気がついたところで本当は止められないのだ。(もしかしたら、とか。)(淡い期待……)
不意に携帯が光った気がした。何度もそういう夢想にとらわれていたので今回も快斗は対して期待しなかった。自分の携帯だというのにこれっぽっちも信用していないのだ。
「嘘だろ、」
という言葉が嘘みたいだった。握りしめた携帯電話のディスプレイに映る名前すら紛い物なんではないかという妙に浮世離れした感覚。もしかして本当はこんな名前の人物は存在していないのかもしれない。(いやいや、まさかそんな)。
“差出人:工藤新一”“件名:Re;”
未読となっているこのメールを、見たいような、見たくないような。こうやってずっとジタバタしているのが新一を好きな快斗に一番お似合いなんじゃなかろうか。とか。きっと横に新一がいたらぐだぐだ言ってないで早く見ろよ、とか言われるんだろうなって考えたら自然と頬のあたりが緩んだ。横にいたらそもそもメールなんてしないだろうということを快斗は忘れている。
開く作業は一瞬だ。こんなに簡単な事はない。それに新一からのメールはいつも短文で、理解するのに5秒もかからない。だから。
(ああ、やっぱりね……)(そんなことだろうと思ったよ、えっへっへ)
開いたメールはそれこそ開けるときと同じように一瞬で閉じられ、再び携帯電話は枕の方へ飛ばされた。

“ごめん、土曜日は空いてない”

やはり口から洩れる呪いの言葉は。「バーカァ、」「新一の!」
同じ言葉をぶつぶつ呟くと再び携帯が光る。俺はここにいるよ! と馬鹿みたいに存在を誇張する。本当に、馬鹿みたいに!
「誰だよ、今度は」