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ふざけんなぁ!! 2

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6.不幸は続くよ、どこまでも♪ 後編 1






3月29日の夜20時半。

静雄はコンビニで買ったからあげ弁当とデザートを、それぞれ二つ入れたビニール袋を腕にぶら下げ、重い足取りで帰途についていた。
もっと仕事をしていたかったが、法律が改正され、20時以降に取り立てすれば、回収業者の方が捕まるご時世である。
書類の整理や報告書等の事務処理は、全て上司なトムの役割なので、静雄には基本的に残業は一切無い。

煙草を燻らせながら思うのは、竜ヶ峰帝人の事だ。
昨日、自分の取り立てのせいで、気の毒にも棲家を失った少女を、自宅に連れ帰った。
そしてその日の深夜に、静雄のせいで怪我まで負わせてしまった。
最悪だ。

来良学園にも徒歩10分と近い5LDKのマンションは、元々親の持ち物だったが、現在は静雄に譲渡され、彼一人が暮らしている。
弟の幽が有名になり、家の周囲に取材陣が毎日蔓延るようになった時、近隣への迷惑を考えた聡い両親は、弟が用意した新居……、父の故郷である四国のど田舎へと、身を引くように引越していったのだ。

なので、今家には竜ヶ峰しかいない。
今朝は薬でよく眠っている彼女の額にヒエピタを貼り、コンビニで買ったウィダー(食事代わりになる、プロテインゼリー)とポカリスエットのペットボトルを置いてから、逃げるように出社した。
だから昨夜怪我させてから、彼女とは全く会話を交わしていないのだ。

あの子は、自分を見て、どういう反応をするだろう?

暴行犯な自分を見て悲鳴を上げるか、ガクブルに震えてベッドから出てこないか、それとも、もうとっくの昔に逃げ出しているのか……は、ありえねぇ。
行き先が無いのだから、家には居るだろう。

煙草の煙を吐き出しつつ、大きく溜息もつく。

多くは望まないから、どうか静かに怯えるぐらいにして欲しい。
これでもう一度キレて、我を忘れてまた怪我させてしまったなんて言ったら、きっと週刊誌ネタだ。
【羽島幽平の実兄が、自宅に連れ込んだ15歳の少女を暴行】……、そんなキャッチで表紙を飾る破目になったら、両親や頑張っている弟に、一生顔向けができなくなる。


暗い考えを、ぐるぐると脳内で延々ループさせつつ、静雄は自宅のドアを開いたのだ。

「おかえりなさい♪」
なのにひょこっと、小柄な少女が、膝上十センチのオレンジ色したワンピースにエプロン姿で、玄関にお出迎えに来てくれていた。
服は見たことないものだから、今日きっと買い物をしてきたものだろう。
「お仕事お疲れ様でした静雄さん♪ 夕飯とお風呂の準備ができてますけど、どっちを先にしますか?」

にこにこと見上げられて、目が点になる。

こいつ、怯えてねぇ。
どころかどうしてこんなにフレンドリーなんだ?
俺が怖くないのか?
それとも頭の打ち所が悪くて、馬鹿になったのか!?

咥えていた火がついている煙草がぽろりと落ちたけれど、コンクリートうちっぱなしな土間だったので、被害が無かったのが幸いだ。

少女は腕にぶら下がっていたコンビニ袋に目を留めると、隙間から中身を覗き、ぽくぽくと顔を輝かせた。
「プリンだぁぁぁぁ♪ しかも新商品のなめらかレアチーズ味だぁぁぁぁ♪」
「……あ、ああ。一緒に食おうと思って……」
「嬉しいです♪ 私甘いもの大好きなんです♪」
「そうか。それは良かった。いやいや、だけどよぉ。お前、起きてて大丈夫なのか?」
「はい、解熱鎮痛剤飲んでますから、捻ったり運動したりしなければ、全く平気です♪」

小さい手で、きゅいきゅい背を押され、ダイニングキッチンへ行けば、家族が引越して以来、全く使われなかった大きな五人用の土鍋が、テーブルのど真ん中に鎮座して、カセットガスコンロの弱火でぐつぐつ煮込まれている。
懐かしい。
家族皆で暮らしていた頃、これで鍋や水炊き、それにすき焼きとかやって、四人でわいわいと、笑いながら箸で突付いた。
まだ幽の表情が消えていない頃なんて、彼は静雄よりも感情が豊かだったし、自分もまだ怪力に目覚めていなくて。
思えばその頃の一家団欒が、一番楽しかったのかもしれない。

ちょっとしたノスタルジーに浸ってしまった。


「静雄さん、何がお好きか判らなかったし、まだちょっと肌寒いので、おでんにしてみました♪ 食べられますか?」
タオルを鍋つかみ代わりに使い、土鍋の大きな蓋を取り払うと、大根、サトイモ、はんぺん各種、こんにゃく、ちくわ、卵、牛筋の串、それに何故か鳥の骨付き肉が大量に、しょうゆベースの昆布だしの中で膨張しつつ茹っている。
「えっと、この食材はどうしたんだ?」
「ご近所のおばさま達から、安いスーパーマーケットを教えていただきました♪ あの、一応静雄さんのご迷惑にならないように、今年から来良に通うために田舎から出てきた静雄さんの従妹という設定で、お話してありますので安心してください」

冷蔵庫の中から冷えた缶ビールを取り出し、差し出してくれる。
「あ、悪ぃ。俺、ビールは苦くて飲めねぇ」
張り切って準備してくれたのに、すまない……と思いつつ断ると、彼女は気にしないでというように、ほんわり微笑んだ。

「はい、わかりました。じぁあこれは今度鳥鍋する時に使いましょうね♪ ビールで煮込むと、すっごくお肉が柔らかくなるんですよ♪ 楽しみにしててくださいね♪」

………次もあるのか!?………

目を白黒させながらも、帝人がよそってくれたご飯を一口頬張る。
もっちりしてて、もち米が本当に混じってんじゃねーかと思うぐらい旨い。
にこにこしながら、小皿にからしをちんまり載せ、煮込まれたあつあつの食材を、二つずつ取り皿に盛ってくれる。
どれもこれも、味が良く染みててめちゃめちゃ旨い。
大根なんて、口に入れたら崩れてくるぐらい柔らかい。
ワカメとふだまの味噌汁は、ショウガを細かく刻んで入れてあるらしく、ぴりぴり舌に触るが、数分経つと、体が足の先から手の指先までぽかぽかと暖かくなっていた。


もぐもぐと口を動かしながらも、食事中悶々と首を傾げ続ける。

おかしい。
一体どうなっているんだ?
彼女は俺が怖くないのか?
何で怯えないんだよ?


その日の夕食後、デザートのプリンを頬張る前に、オレンジジュースと蜂蜜とりんご、後はレモン果汁をシェーカーに入れ、ノンアルコールのカクテルを作ってやると、彼女は目をキラキラ輝かせて、「静雄さん凄い!! カッコイイ♪ メチャメチャ絵になります♪♪」と、賛辞を一杯自分にくれた。

媚も諂(へつら)いもない、心からの素直な彼女の言葉が胸に深く染みて、嬉しかった。
そして、ずっと寂しかったのだと、今更ながら気がついた。

家族が散り散りになって、ここで一人暮らすようになって、これで大事な人達を、自分のせいで迷惑かける事がなくなるんだと。
そう思って安堵した。納得していた筈なのに。

以来ずっと孤独だったのだ。
自分は本当の意味で一人だったのだと、昨日会ったばかりの、しかも自分が怪我を負わせた少女と、こうして笑いあってプリンを食って、初めて自覚するなんて、どれだけ鈍いんだよ、マジで。


「なぁ、お前俺が怖くねぇの?」
彼女はきょとりんと自分を見上げ、こくりと首を傾げた。
作品名:ふざけんなぁ!! 2 作家名:みかる