ふざけんなぁ!! 2
「静雄さん、優しいじゃないですか? 私、貴方に拾っていただけなかったら、今頃しくしく泣きながら埼玉の実家に逆戻りしてましたよ」
何でそんな変な事を尋ねてくるのだろうと、真剣に悩む彼女の思考は、絶対おかしいと今静雄は確信した。
「俺、お前に怪我させたし」
「不幸な事故でしたねぇ」
もきゅもきゅと、とろけるプリンを頬張る小さな口は、菓子の商品名と同じように幸せそうに綻んでいる。
「骨にヒビって、大怪我だぞ?」
「静雄さん、わざとやった訳じゃないし。起こっちゃった事は仕方ないじゃないですか」
「うう」
「それに、これから同居するのなら、お互い笑っていた方が幸せじゃないですか? 私、静雄さんが好きです。カッコイイし、優しいし、力持ちだし、親切だし。朝起きた時、ヒエピタとポカリスエット、本当に嬉しかったんですから♪」
(ちょっと待て!! こいつ今、俺の事………、す、好きって……!?)
冷や汗がだらだらと零れてくる。
この子、マジで頭がゆるい娘かもしれない。
静雄自身、自分の顔が人より整っている自覚があるけれど、自分の住処を吹っ飛ばされ、私物全部駄目にされ、オマケに己の体まで吹っ飛ばされて怪我を負わされたのに、恨みも文句も一つも言わず、優しいとか親切って……、駄目だ駄目だ駄目だ。
顔でころりと許せるなんて、ホストとかにひっかかってモロ騙されるタイプだ。
こんな純朴でアホな奴、このコンクリートジャングルな東京で野放しにすれば最後、すぐに利用されてボロボロになってしまう。
(俺が守らなければ!!)
この子が東京で立派に自立できるまで、自分が責任持って保護してやる。
それがせめてもの罪滅ぼしだ。
(……まぁ親父、お袋。俺の顔を整えて生んでくれてありがとうな……)
ついでに遠い四国に向かって、ぺこりと頭も下げておく。
この面のお陰で、少女に好いて貰え、同居の滑り出しも上手くいったのだから。
だが、三十分後。
(うおぉぉぉぉぉあああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!)
「もう静雄さん、動かないで」
風呂から出て居間に戻った途端、ドライヤーを抱えた帝人にとっ捕まった。
ソファーに座らされ、濡れた髪に温風を浴びせられるのはまだいいが、彼女の小さい手がわしゃわしゃと、頭や髪、それに首筋を撫で回してくるので、くすぐったいやら、多分耳まで赤面しているのが自分でも判っていて、それが恥ずかしいやらで、頭の中はパニックだった。
「いい、俺が自分でやる!!」
「駄目です。静雄さんってば、そんな事言って、絶対タオルドライで済ませちゃうタイプだもん。風邪引いちゃったら後で苦しいじゃないですか」
「俺は丈夫だから、風邪は寄ってこねぇよ!!」
「はいはい。ですが念のため。明け方は冷えますから、喉が痛くなってからじゃ遅いんですよぉ♪」
といいつつ、帝人は本当に楽しそうに、にこにことブラシを宛ててくる。
どんな拷問だぁ!!
二十分の苦行の後、やっと開放されたかと思ったのに、今度は「えいっ♪」と掛け声も可愛く、右足首を蹴られた。
「………おい、どうゆう了見だ?………」
ぎろりと振り向けば、少女はこくりと小首を傾げている。
「テコの原理で、足が崩れれば倒れるかなぁ……って?」
その右手には、耳掻き棒と麺棒とピンセットが握られていて、左手はぽむぽむと、ミニスカートから覗く、己の白い太ももを叩いている。
すうっと再び顔が赤くなる。
「いらねぇぇぇぇ!!」
「駄目です♪ 風呂上りは耳垢取りやすいんです♪」
踵を返し、脱兎で逃げようとしたのに。
意外とすばしっこかった彼女に襟首をがしっと引っつかまれ、問答無用でころりと転がされて。
くすくすと目を細めて笑いながら、綿帽子がついたオーソドックスな竹の棒を耳の中に突っ込んできやがった。
太ももの柔らかな感触のせいで、顔の火照りは全然消えない。
見おろす彼女の顔は嬉しそうで、絶対こいつ、面白がってやがる!!
「痛かったら言ってくださいね♪」
恐る恐る棒をかき回してくるが、それもくすぐったい。
それに気持ちよくて安心する。
膝枕の耳掻きなんて、多分小学校時代に母親にやってもらった時以来だ。
また幸せだった昔を思い出し、心がノスタルジーにひたってしまう。
どうしてこいつはこんなに自分を、懐かしく安心できる幸せだった過去へと直ぐに連れて行くのだろう?
風呂に入って、体がぽかぽかに温まっていたのも災いした。
気づかないうちに、自分はすうすうと、彼女の膝で眠ってしまった。
起きた時はもう深夜一時を回っていて、肩に掛けられた毛布を跳ね除け、驚いて飛び起きた自分に、彼女はやっぱりはんなり笑って、「よく眠れましたか?」なんて聞いてきやがる。
アホか。頭をほっぽり出して、クッションか何かをつめておけばいいものを。
三時間も膝枕だぞ?
足、痺れてんじゃねーか!!
「静雄さん、気持ちよさそうに寝てましたから」
えへへと頭を掻きながら、やっぱり彼女は優しく笑ってくれて。
「それに、静雄さんの寝顔が可愛くって♪♪」
(お袋、俺をイケメンに生んでくれて、マジありがとうな)
もう一度、心の中でぺこりと四国に向かって一礼する。
例えきっかけが顔だろうと、これでこの超お人よしな少女が、自分に好意を抱いているのは確定した。
自分は年上好みだし、八つも年下の少女に手を出す気なんてさらさら無いが、こんなに初っ端から慕ってくれるのなら、今後守りやすいだろう。
そんな軽い気持ちだった。
だが、翌日の朝。
「静雄さん、朝です♪ ご飯できてますよ~♪♪」
居間のソファーベットで寝てる所を優しく起こされ、朝から納豆、紅鮭の焼き魚、出汁巻き卵、海苔と味噌汁という、純和風な朝食を食べた。
洗面所に顔を洗いに行けば、こそっと帝人の歯ブラシとカップが置かれているのが目に留まり、なぜか胸がくすぐったくて。
寝癖を整えて居間に戻れば、帝人がアイロンを綺麗にかけ、皺一つ残らず伸ばされたバーテン服一式を用意してくれていた。
身につけている間に、お弁当と水筒におやつ代わりのみかんとバナナまで紙袋に準備され、「はい♪ 気をつけていって来てくださいね♪」と笑顔で渡された。
「あー、俺、外回りだからさ。弁当作って貰っても、食えねぇ率の方が高ぇと思う。だからさ、作んなくていいから。それにそんなに頑張んなくていい。お前、怪我人だし、無理するな」
帝人はやっぱりにこにこ笑顔で、ふるふると首を横に振った。
「私が好きでやってるんです。静雄さんが喜んでくれると、私が嬉しいんです。だから、私の我儘に、付き合ってください♪ ね♪」
ぼわんと一瞬で顔が赤くなった自分に、絶対否は無い筈だ。
こいつは絶対、言葉で自分をいつか殺してしまうかもしれない。
こんなに異性に優しくされた事って、今までになかった。
好いてくれるのは嬉しいが、このぽけぽけなお馬鹿娘、やっぱり心配で目が離せねぇ。
だが、手作りの弁当……。
トムさんに見せる勇気は無かった。
見せたら最後、昨日一昨日の経緯全部を白状させられそうで。
作品名:ふざけんなぁ!! 2 作家名:みかる