precious memory
そこは言葉の裏に含めて言えば、少し笑みを浮かべた唇が、ゆっくりと動く。
「まだ、今の名前に慣れていなかったからな」
それに、パーティに出るのは初めてだったから勝手が分からなかったのだ、と。
8年越しの答えが、本当なのかは分からない。
でも、私はただ「そう」と相槌を打つ。
欲しかったのは、真相だとか、そういうもとは違うものだったから。
(だから――)
これでいい。むしろ、充分だった。
これは皮肉でも何でもない。
「……そろそろ戻るか」
「そうね」
「気をつけろ」
「――ええ」
今は夜で、ここは今キャラバンが停まっている所の近くにある森の中だから、明かりもほとんどない。素直に差し出された手を借りて、私はほとんど下ばかりを見て歩く。
転ばないためには、多少不格好でもしょうがない。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「そうか」
しばらくすると、舗装工事とは縁の無さそうな、デコボコの獣道にも少し慣れてきた。
そう思った私の心を見透かしたみたいに、向こうから、
「油断すると転ぶぞ」
なんて言葉が投げ掛けられる。
「転ばないわよっ」
「それならいいが――――……」
「――――何、」
「……お前は、強いな」
「――――っ!」
「いや……強くなった、と言うべきか」
あの日の光景が、鮮やかによみがえる。
彼のように、満面に浮かべる、分かり易い笑い方ではない。
むしろ、笑うというよりも、その表情はただただ穏やかに、優しい。
「――――っ……!」
息が、不自然に途切れたのは、吐くべき息を飲み込んだから。
そうでもしないと、悔しいことに……涙を流してしまいそうだったからだ。
「――――あなたは、ずるくなったわ……」
わたしがうつむいた時、その子はどんなかおをしていたのだろう……?
《終わり》
共有財産
作品名:precious memory 作家名:川谷圭