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ありがちウィザードリィ ~酒場にて~

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ギルガメッシュの酒場の前でその少年は緊張した面持ちで、ただ立ちつくしていた。今日は少年にとっては初めての顔合わせとなるパーティを組む、特別な日なのだ。もっとも、上級職たる侍の職に就いているこの少年の初陣は、緊張に固まるあどけない顔とは逆に遥か遠い過去の話なのだが。
少年の名前はトキ、時間を意味する東洋の言葉が由来の名であり、その出身も遥か遠く東の地からこのリルガミンへとやってきた冒険者である。種族はエルフであり、本来は呪文を扱う魔法使いやビショップに向いている種族特性を無視した、侍で。
無理のある職選びゆえ、このトキの生命力と幸運はかなり低いといってもいい。それはHPを必要とする戦士には致命的な欠点であるが、それでもトキは転職をよしとせず、侍として戦い続けるのだった。
トキにとっての侍は、昔からの憧れだったのだ。侍として前衛で戦えば、迫りくる敵の攻撃から大切な誰かを守る事が出来る。まだ夢見がちな少年であるトキにとって、その大切な誰かは運命の赤い糸で結ばれた可愛い女性だった。
そのまだ見ぬ可愛い女性を脳内で妄想していたその時、酒場の扉が内側から開き、鎧を纏った戦士が出てきてトキに声をかけてきた。
『……何を、している? 約束の時間はもうとっくにすぎているのだが? もう皆、集まっている』
「貴方は……?」
『私は今日からトキが所属するパーティのリーダーを務める、名をロードという。その名の通り、職は君主、トキの隣で一緒に戦う事になる』
「あ、よろしくお願い、します」
『ああ、だが挨拶は皆の所で。ひとまず、酒場に入ろう』
そう言いつつ、小手を纏ったままの無骨な手で手招きすると、ロードと名乗るその人は酒場の中へと身を翻し、席の間を縫って歩き出した。
小手だけではない、鎧も具足もそして兜すら装備したままのその姿から、中身の人の見目が全く窺えない。けれども唯一、このロードと名乗る人が女性である事だけは、先の兜越しに籠った声からわかったのだ。
女だてらにパーティのリーダー、それも君主を務めるなど、相当に素質がなければ出来ない事。事前に耳にした話では、このロードを含め、パーティに所属するほぼ全員が上級職との事で。もちろん、それは侍であるトキにもいえる事でもあるが、もともとエルフは生命力や幸運が低い事を除けば、少ないボーナスポイントで侍に就ける種族であるのだ。ただ適性的に呪文を扱う魔法職に皆が就くので、あまり知られていない事であるのだが。
『ほら、ついた。そこが空いている、座ったらどうだ?』
前を歩いていたロードが立ち止り、席を勧めた。そのテーブルにいたのは、何とも奇妙な面々だった。
「お、きたな? お前が例の侍か、よろしくな?」
腰をかけたトキに最初に声をかけてきたのが、人間の男だった。ただし、全裸で。
「!?」
いや、かろうじて股間を隠す白い褌をしているので、正確に言えば、ほぼ全裸、といったところだろう。
「おぅ、よろしくな?」
「よ、よろしく」
ほぼ全裸男は、そういって手を差し出してきたから、ぎこちない笑顔でその手を取り、握手をした。はっきりいって、この酒場において、ほぼ全裸のこの男は相当に浮いている。というか人目を引き、さらにはひそひそと噂されている。一緒にいるとこっちまで恥ずかしくなってくるではないか。
『ああ、彼は装備の一切を外すことで限界までアーマークラスを高めた忍者で、その名はシノビ。訓練所ではボーナスポイント58を叩きだした、生まれながらの忍者だ。人間でありながら、その素手は悪魔の首を一撃ではね飛ばすという』
微妙な雰囲気を察したのだろう、ロードがほぼ全裸男の紹介をした。そういえば、忍者という職に就く者の中には、迷宮に全裸で挑むつわものもいると聞き、若きトキにとってはそれをいつも女性で想像していたのだが、現実はそう甘くないようで。一体、何が悲しくて男の全裸を見なくてはならないのだろう、トキはちょっぴり凹んだ。
「ああ、僕は人間の忍者だ。してトキは、侍にしては珍しくエルフだとか? 一緒に前衛にて戦う事になるが……見てくれが貧弱だな、大丈夫か? まぁ、ボーナスポイント60のエリートである、ロードがお前のパーティ入りを推したんだ、何か秘められた力でもあるんだな?」
『ああ、トキは強い。この私が保証しよう』
秘められた力、と言われても、実際は何もない。それどころか、前衛の戦士に必要な生命力も幸運もない。そうだ、何故ボーナスポイント最大値を出したエリート中のエリートであるロードに認めれたのか、それがそもそもわからないのだ。
「ロードさん、は何でそんなに俺を」
「わんっ!!」
「?」
疑問の言葉を遮るように、犬の鳴き声がした。下を見ると、トキを見上げ尻尾を振る、一頭の白い犬がいた。
『ああ、紹介しよう。彼はラウルフのレンジャーである、レンという。弓矢の扱いにたけていて、どんな標的も絶対に外さないスナイパーであるぞ』
ロードの紹介に照れたのだろう、レンは鼻を可愛らしい手でクシクシ擦ると、その手をトキに向かって差し出したのだ。これは握手というよりは、お手、である。
「……ラウルフ? というかただの犬? 犬だよね?」
先の全裸男に続き、耐えられなくなったのだろう、トキはついにこの変人揃いなパーティメンバーにツッコミを入れてしまったのだ、その瞬間。
「相変わらず、トキは子供だな。見た目で侮るなんて。レンさんはその名が知られている一流のレンジャーだぞ」
背後からの新たな声に振り返ると、そこにいたのは、よく見知った顔で。それもそのはず、トキの弟がそこに立っていたのだ。
「久しぶり、だな。元気にしていたかなんて、見ればわかるか。お前の弟であるビスだ。職は無理したお前とは違い、立派なビショップになったがな」
「ビス……お前も一緒か」
「ああ、私も共に戦うが……死ぬなよ? トキは生命力が低いからな、そのままロストしかねん」
「俺は消えない。けれど死ぬ時は大切な人を守って、そして必ず復活して帰る」
「……ぼったくり寺院から、な。そもそもお前に大切な女なんていないだろう? トキは昔から女に夢見がちだったな。いつか赤い糸で結ばれた女の子が現れて、その子と伝説の木の下でキスを」
「別にいいだろっ!!」
「現実を見ろという事だ。いまどきそんなお前の女々しい夢に付き合う女がいるかよ、現実を見ろ!」
『そこまでだ』
くだらない兄弟の言いあいに口を挟んだロードの声は明らかに呆れていた。けれどもやはり酒場にいながらして兜を取らないロードの表情は窺えない。
「ロード、さん、あの……」
『ロード、でいい』
「じゃあ……ロード、何で兜を取らないの? それじゃあ、酒場なのに酒も飲めないのでは?」
『兜、ああ、この宝石のアーメットの事か。気にいっている装備なのでな。風呂以外は脱がないんだ』
「そ、そう」
一応、声からしてロードは女性であるからして、パーティ紅一点のこのロードの素顔には大いに期待していたのだが。トキはちょっぴりがっかりした。
「まぁ、そう言うな。パーティの女性はロードだけでない。ほら、もう一人、美しい女性がいるぞ?」
ほぼ全裸の忍者はそういうと、床から何かを抱きあげた。にゃーと鳴くそれは、女性というかただの三毛猫だった。