忘却の徒
楽しい計画を立てているはずなのに、足が次第におもたくなってきた。また、魔物でもいるのだろうか。
水を含まされた真綿のように、からだの奥がしんなりぽってりする。ひとあしごとに沈みこむ。まるで、地面に繋がれた罪人だった。
不意に、昨晩触れた、かわいてつめたい唇の感触をまざまざと思い出した。 誰かが記憶の引き出しの鍵を壊して中身をひっくり返していったような、暴力的なよみがえり方だった。
「おう総悟、腹でもへったか。大判焼き食べてくか?」
気がつくと、ひとりだけ立ち止まっていた。ちょうど甘味処の店先だったので、からかい混じりに、そんなふうに声を掛けられた。
「なんでィ近藤さん、不真面目だなァ。いっくら俺だって、昼までは待ちまさァ」
沖田は無意識に噛み締めていた唇をほどくと、再び歩き出した。足は、ごく自然に動いた。
たぶん昨日や今日のことも、来週には忘れているのだろう。
沖田は、一週間前のことをろくにおぼえていない。三日後のことを考えない。
万事そういうふうなので、ひとからは頭が軽い、などとよくいわれる。
「ひとのこと不真面目だなんて、よくいうよ、お前は。他の奴と見廻りに出てるときなんか、隙あらば茶屋にしけこんでの、知ってんだからな」
「そうですかィ? おぼえてねーや」
沖田はわざとらしく首をかしげて、すこしだけ笑みを浮かべた。
空をあおぐと、抜けるような晴天を、銀色に光るターミナルの尖塔が貫いていた。外界とこことを繋ぐ宇宙船の発着場であるその建物は、ひときわ目立って異様だった。
当世、あたりは異人と異文化と魔物だらけなのだ。なにが起こっても、なにも不思議はない。
沖田はぼんやりと、そう思った。