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忘却の徒

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朝一番、市中見廻りに出るという近藤に沖田はついていった。
日が頭の上に昇りきる前に自分から動くと言い出した沖田に、近藤は驚いた。事件を抱えていないときの沖田にしては、稀にみる勤勉さだった。
今朝の街は、はじまりの活気に満ち溢れていた。あたりを見渡しても不穏な気配は感じられず、指名手配中のテロリストもまるで尻尾をみせない。
見廻りといっても、仕事のないときは本当にないのだ。勤務中に不謹慎にもシネマ館へ入ってしまう者もいるぐらいだ。自然、こちらの気も緩む。
朝の光は、まつげを飛び越えて威勢よく瞳を叩く。昼過ぎより絶対にまぶしい。往来をいきかう人通りは、仕事にむかう者も多く、きびきびしている。このきびきび、というのが沖田はあまり得意ではない。

「珍しいなぁ、総悟がこんな早い時間から働くなんて。槍でも降るんじゃねえかな。午後からトシたちと出るかと思ってたのに」
「近藤さんと一緒がいいんだィ」
ぼそぼそこたえて、沖田は近藤の脇を黙々と歩いた。容赦のない朝日に、目つきがどうにも悪くなる。
「あれ、お前もしかして、トシと喧嘩とかしちゃった? うわー、わかりやす。おもしれえなあ。なになに、どっちがどっちを怒らしたの?」
近藤はずいぶん楽しそうに絡んできた。好奇心をまるだしにして、隠そうともしない。
だがそう言われても、別段喧嘩や口論におよんだわけではない沖田は、きょとんとしまった。
ただきょうは、目的地なく市中を歩くなら連れは近藤がいいのだ。土方だと、ペースが狂う。そういうことがときどきある。
「別に喧嘩なんてしてやせんけど」
「え、まじで? お前がそういうツラしてるときは、たいがいトシとなんか揉めてるときじゃねえか。つっても、トシがひとりで苛々カリカリしてるのがほとんどだけどな。あいつ、神経質だからな。カルシウム足んねえんだよな」

沖田は不思議に思う。一体自分はどんな顔をしていただろうか、日が眩しいから目を細めていただけの気がする。
近藤にしても土方にしても、沖田自身が気付く前に沖田のことをいろいろ決めてしまう。
怒っているだろう、喧嘩をしただろう、腹がすいただろう、眠いんだったら部屋へいけ。
指摘されて、ああそうか、と沖田は思うのだ。そこではじめて、欲求が意識に接続をはたす。
「喧嘩なんて、そんなにしょっちゅうしてますかィ?」
「してるしてる。小競り合いなんかよくしてるじゃねぇか。お前がちいせえときはもっと仲がよかったけどなあ」
「……それ、近藤さんの脳内劇場の話じゃねェんですか」
「ちげぇよ。お前はあいつが晩酌してるのが好きで、よく一緒に縁側出てって、横から猪口を掠めとろうとしてじゃねえか。いや、あの頃から酒好きだったんだよな、お前。ガキに黙って日本酒舐めさせてたトシもトシだから、まああいつにも責任の一端はあるな」
「へェ〜……」
「宮で祭りがあるときなんは、お前の手を掴まえて引っ張ってってたのはトシだぜ。俺や他の年長隊士なんかだと駄目なんだ。注意力勝負だな。一瞬目を離した隙に、いなくなってるから。お前」
「ふーん……」
「なんだよ、そんな近所の噂話でも聞いたような相槌打ちやがって。ちいせえつっても、お前がもう物心ついてる頃の話だぜ」

そういわれれば、そんなことがあったかもしれない。
記憶を掘り起こせば、またなにかが不意に顔をだすかもしれない。
沖田の記憶はいつでも曖昧だ。脳内にあるたくさんの引き出しは、落っことすわけではないのにすぐ鍵が掛かってしまう。
「あんまりよく、おぼえてないんでさァ」
道端に自販機を見つけた沖田は、それにポケットのコインを突っ込みながら気のない返事をかえした。
十円足りなかったので、うしろを歩いていた隊士に借りた。スプライトを選んでボタンを押すと、それ好きですねぇ、となごやかな口調で言われた。
頷きながら、指摘されるほど頻繁に飲んでいるだろうかとふと考えてしまった。

「総悟は、物覚えが悪ィなあ。本当はできる子なのに」
「なんですかィ、ソレ」
苦笑を浮かべて頭を掻きまわそうとする近藤の手から、沖田は首をすくめて逃れる。頭を振り回されたら、まだ缶にたくさん入っているジュースがこぼれてしまう。
「お前寝相が悪いから、縁側とか色んなところから落っこちて頭打ってるんだぜ、きっと。ちゃんと布団で寝てること、あんまりないだろ」
「どこで寝たって、朝までには寝床へ戻ってまさァ」
「そりゃお前、戻ってんじゃなくて、戻されてんだよ。廊下の途中だの、座敷の隅っこだのに転がってるお前をトシが見つけちゃあ、邪魔だからっつって部屋へ放り込んでるからな。あいつ、捨て動物だの行き倒れだのを引き当てんのが得意だろ、昔っからさ。お前が転がってる現場にも、うまいこと遭遇するんだってこぼしてたよ」
「いや、俺は、自力で布団に戻ってやすぜ。絶対。才能あるから」
沖田はすかさず、きっぱりと言った。呆気にとられた近藤は、次の瞬間盛大にふきだした。
「どんな才能なんだよ、どんな」
「だから、そういう才能でさァ」
あくまできまじめに言うと、近藤はそれがおかしかったようでますます笑った。
「ほんと面白いよなー、お前ら」
沖田はこたえずに、炭酸をひとくち飲む。
面白いことなどひとつもない。危険なことばかりだ。
舌の上にひろがる刺激は、たっぷりと清涼感をふくんでいて心地よかった。 昨晩のまずい酒とくらべものにならない、と思い、だが実際くらべようとしたら、もう味が思い出せなかった。

近距離専用のタクシーが、寄り添って歩いている和服の夫婦連れを忙しく追い越した。彼らが歩く道の脇には、茶屋にファミレス、呉服屋、コンビニ、と一貫性なく店が建ち並ぶ。
文化という文化がごった煮になった混沌の街を、平穏がまるく包んでいた。 頭上の空だけが、曇りなくこわいぐらい晴れていた。
腰に提げた刀がずいぶんと軽かった。
天下泰平、と沖田は呟く。
突然、足元をすくわれたようにこころもとなくなった。 不意打ちだったので、なすすべもなかった。驚いた。
だが、何事もなかったように黙々と歩いた。ほとんど消費されずに大方残っている炭酸が、缶のなかで、たぽたぽ揺れた。

今晩も土方が縁側へ出ていれば、爪の先ほどになった月を眺めながら不毛な酒宴が行われるのだろう。行われれば、それに自分も加わるのだろうか。
庭にくる、招かれざる客に気がつかないふりをして。せんからふたりで飲んでいます、という顔をして。
沖田はぞっとした。はやく土方なんて消してしまおう。
そうしたら、毎日水のようにおいしい酒をたらふく飲む。どこで寝入っても朝にはきっと自力で布団へ戻っている。そうに違いない。
歩きながら抹消計画を思い描いてみた。 先日、古書店で面白そうな代物をみつけたので、次はあれがいい。
辞書ほどもある分厚いハードカバーのそれは、年代物らしく薄汚れて紙が黄ばんだいかにもなやつで、何百ページにもおよび怪しい魔法陣がびっしりと載っていた。なかなかに利用価値がありそうだった。
作品名:忘却の徒 作家名:haru