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終わりと始まり

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一乃谷愁厳が死んだ。
それを知ったのは、学校でだ。
あたしは学校にしかいないのだから、学校で教えてもらうのは当たり前だけれど。
下校の鐘が鳴って、ぽつぽつと皆が帰り始めて人気が無くなる―――学校に取り残される、あたしの一番嫌いな時間だ。そんな夕陽の中で今日は学校を休んでいたはずの生徒会の巨乳ちゃんが、真っ赤に泣き腫らした目で教えてくれた。
思わず「そっかー、ありがと、教えてくれて」なんて至極普通に対応して、更には「早くお帰り、痴漢に会ってその胸を鷲掴まれて揉みしだかれないうちにね」なんてあまりに何時もの自分で言ってしまったくらいには驚いた。
とってもとってもそのやり取りは普通だったのに、巨乳ちゃんはもっと悲しそうな目であたしを見た。責めるんじゃなくて哀れむ目だなあ、なんて気付いたけどそんなものは今はどうでもいい事だ。
驚いたと言うより、力が抜けた。気がついたらふらふらと、あの日一乃谷愁厳と一緒に夕陽を見た場所に座り込んでた。力が抜けて、座り込むならここが良かった。座り込んで膝を抱えて夕陽を見て、そして―――納得してしまった。
生徒会の後は恐らく妹さんが取り仕切るのだろうと言うことを聞いて、全て理解した。
―――一乃谷愁厳は、妹さんに全てを残したのだろうと気がついてしまった。
膝を抱え込んだら、スリットの深い白のスカートから足がはみ出る。夕陽の下でもその足は白くて、あの日はそう言えば普段気にした事のないスリットからむき出しの足が妙に恥ずかしくてスカートをはだけさせないように話をしながらも苦心してたのを思い出した。
眼を閉じなくても、あの日の、一乃谷愁厳の懺悔は一言一句思いだせる。彼の恥ずかしい、罪悪感と後悔の過去を。
ねえ、彼はちゃんと全てを残せたのかな。
妹さんに抱いていた罪悪感を、慙愧の念を、最後には無くせたのかな。
全てを妹のために残して消え去ることで償いにする事を、自分はどうなっても妹を生かしたかった感情を、妹さんが望まない結末を最終的に押し付けてしまう事を、彼は許してもらえたのかな。
ぎゅう、と太股に胸を押し付けるようにもっと強く膝を抱え込んだ。息を吸い込む。夕陽は次第に落ちていく。
うん。
一乃谷愁厳なら出来たに違いない。
あたしは知ってる。
一乃谷愁厳とは、あたしが惚れてしまった男はそういう男だ。
全ての覚悟をして、その為だけに人生の半分以上を人生の半分以上を生きてきた。その男が自分が定めた事を叶えない筈がない。死に望んでさえ、きっと―――いいや、「絶対に」妹さんのことだけを考えて、満足して死んだ。そんな男だから、どうしようもなく好きになった。
十八年。あたしと一乃谷愁厳が出合ってからはたった三年。自分のこの年齢さえ覚えていないような長い時間を分け与えて押し付けてやりたいくらいに、彼の時間はたったの十八年と言う時間で終わってしまった。
一乃谷愁厳の人生の中での、傷を癒しただ流離うだけの終わりのある事を知っている、そんなあたしの今の時間と同等の意味を持つその時間を、一乃谷愁厳は一足先に終わらせてしまった。
夕陽が沈む中、膝頭に自分の顎を乗せてみた。行儀が悪いけれど、それを見せたくない人間はもういないからいいや。なんて思ってたら妙に膝頭が冷たくなった。スカートが濡れてるのだと気付くのに数秒かかり、何故濡れているのかと言う理由に気付くのにはまた数秒かかる。
……おかしいなあ、何であたし泣いてるのかなあ。
もうあたしのこと藤枝くんって呼ぶ人いないのかあ、って思っただけなのに。
恐らく学校内で一番在籍年数が長く、上杉氏から言わせれば「ある意味」慕われている自分を呼ぶときは大体において「先輩」づけや「さん」付けが主で、彼のように「藤枝くん」なんて呼ぶ人はいなかった。
出会った時から彼は藤枝くんと呼んだ。それが擽ったくて、ひどく嬉しかったのだ。例えそれが一乃谷愁厳と言う人間が同級生や下級生の女の子を呼ぶときの単なる呼称なのだと知っていても、嬉しかった。そんな乙女思考を持っていたのかと気付けば悶絶したくもなるけれど、悶絶しながらも嬉しかったのだ。あの落ち着いた低い声で、「藤枝くん」と呼ぶ声が。何よりも嬉しかった。
「――……お葬式、するのかなあ」
濡れた頬に風が当たって冷たいけれど、考え込む。
彼には存在した事を示す死体も遺骨もない。きっと棺を用意した所で中に入れる物は何もないし、一乃谷家の一子と言う存在自体は消えてはいないのだ。戸籍の書類上は、誰も死んでない。
だったら―――しないのかもしれない。
そう、「彼」がいなくなっても、「彼女」が残るからしないのかもしれない。「彼」と「彼女」は同一であり、半分である彼がいなくなっても「彼女」が一となって残るのなら、それはこの町の人口に何の変動すら与えないと言うだけのことだ。だから誰もいなくなってなどいない。
じわりとまた堪えようのない涙が浮かんだ。もう拭うのも馬鹿馬鹿しいくらいにだだ漏れの涙はもう零れるままにしているから、どんどんスカートのしみは広がっていく。
鼻水だけは呼吸するのに不便だから、じゅるるると大きく啜り上げた。
人口に推移はなく、一乃谷家の跡取りは今もそこにいる―――けれど、妹さんはお葬式するんだろうな。
根拠も無くそう思う。あたしは一乃谷愁厳ばかりを追いかけていたからあまり妹さんに近づいた事はなかったけれど、彼女がどんな性格だとかどんなに兄妹の仲が良かったかという事も知っているし、一乃谷愁厳の口から何度も彼女の話を聞かされていたからすごくよく知っている。何より、彼女と彼はとてもよく似ていた。その愚直なまでに真っ直ぐな心も、背に負う斬妖刀"文壱"の如き硬く曲げられない気高い精神も、外見さえとてもよく似ていたのだ。だから彼女はするんだと思う。自分の惚れた男だったらする。だから彼女もする。とてもとても簡単な話だ。
一乃谷家第一子の半分。彼の家の因果によって紡がれた半分がただ消えたのではなく、一乃谷愁厳というたった一人の兄が死んだ事を、身を裂かれんばかりに悲しみ嘆くそんな妹さんだから。
お葬式はきっと一乃谷神社でやるんだろう。日程から考えれば明日がお通夜で、明後日がお葬式。確か学生の参列は喪服じゃなくて制服でいいはずだから、喪服の有無は考えなくていい。香典は少しは考えないといけないかな。棺も死体もないお葬式だけど、それが彼を送ることになるなら行きたいな、棺にすがり付いてわんわん泣くなんて真似はできないかもしれないけど、それでも行って文句の一つでも言ってやって、後は任せておけ!なんて根拠もなく言ってみたりして。
それでちょっとだけ泣くんだ。言えなかった言葉を飲み込んで。そうやって最後を実感する。
そこまで考えてしまうと、たくましい妄想に自嘲がこみ上げてくる。
―――でも、あたし行けないなあ。
それは、それさえ叶わない妄想だ。乾く暇のない頬は乾いてかぴかぴになる暇さえなく、目がじんじんと痛くなるくらいにひっきりなしに零れ落ちる。
学校、離れられないもんなあ。
藤枝あやかの未練の残滓である自分は、この学校という場所に囚われている。この場を遠く離れる事は出来そうにもなくて、そして一乃谷神社はこの町のはずれだ。到底、行けるはずもなかった。
作品名:終わりと始まり 作家名:miyao