二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

終わりと始まり

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

うわあ。そんな声が漏れた。
あたし、好きな人が死んだのにお葬式にも行けないのかあ。
こんなだから、最後のお別れさえ、言えないんだ。好きだって言えないままなんだ。
どんどんどんどん膝頭は冷たくなってく。
ちくしょー、泣けるぜ。ってうわ、やべ、あたしいつの間にかマジ泣きしてるじゃんか。
はらはらと恋する乙女のように音無く泣くなんて真似は到底出来なくて、悲しくて悲しくて目も鼻もドロドロでいろんな汁がいろいろな穴から垂れ流しだ。拭っても啜っても後から後から零れてくる。制服の袖なんてとっくに修復不可能なくらいにべとべとだ。
こんなにあたし、あの男を好きだったのかあ。
こんなところ誰かに見られたら即座に抹殺したくなるような格好悪い泣き方をしても、もう気にならないくらいに。
一乃谷愁厳が好きだったんだ。
それはきっとあたしの人の数倍長い人生の中で、一番強い感情だったのかも知れない。
もうとっくに黄ばんで色褪せた転入届は、見る度に郷愁と今はもういない自分を思い起こさせるものだけれども。
この時間があったからあたしは決して会えるはずの無かった一乃谷愁厳に出会えて、惚れる事が出来たのだ。
本当なら、一乃谷愁厳に生まれる前に死んでいたのだから。
ならば誇ろう。
あたしと言う存在を残してくれた今はもう居ない藤枝あやかを。
そして、一乃谷愁厳という最高にいい男に惚れる事が出来た今の藤枝あやかを、何より誇ろう。
そんな男に惚れる事が出来る、この二人で一人分の長い人生を。
詰まりに詰まった鼻をずびいいいっと一気に啜ったら、通った鼻に通る空気が妙に美味しく感じた。
夕陽はいつの間にか落ちていた。あの日、一乃谷愁厳と一緒に見た、優しくて穏やかな闇の混じった光。もう横に彼は居ないけれど、星空は変わらずそこにある。今のあたしのように。
変わらずにいられたから、今一乃谷愁厳を好きだと誇れるあたしがいる。
―――不思議だな。今、非常にものすごく素晴らしく空前絶後にめりっさ満たされてしまった。
だから分かる。これがきっと終わりなんだと。今日で自分の存在が終わるのだと分かってしまう。
これがあたしの人生への楔と言う銃弾を打ち込むトリガーだって言うなら、ものすごく嫌なトリガーだ。けど未練も後悔もないってこういう事なのかもしれない。
ううん、未練も、後悔もあるけれど。今の自分は誇れるものを持っていて、今の自分を肯定できる。あの日自分を否定したまま孤独に死んだ藤枝あやかとは違う。
ゆっくりと優しい闇に飲み込まれるように意識は鮮明なまま存在が希薄になる感じがした。この重たい瞼を持ち上げてもう一度星空を見ようとしても、立ち上がる気力どころか瞼を持ち上げる気力さえなかった。それ程に体が重たいけど、辛くも不快でもない。
…しまったなあ、明日の神沢新聞に会長が死んだって記事を出さなきゃ駄目だったのに。
でもあたしにはこれを面白おかしく人を悲しませないような記事に出来るだけの技量は無いなあ。
人を誹謗中傷しない、だけれど悪には徹底的に容赦はしない、人に迷惑をかけない、悲しませない。けれど楽しさ優先。そんなあたしの中のジャーナリズムがこればっかりは無理めと匙ではなくペンを投げ捨てている。そのジャーナリズムもあたしにつられて泣いているのだけど。
だから、いっか。
もういっかな。
だって、今消えればすぐ会えるかもしれないんだよ。死後の世界があるなんて思わないけど、幽霊なんて物を体現している自分がいるなら会ってもおかしくない。だからさ。
妹さんにも彼氏が出来たんだし、もう彼は妹さんとは違うんだし。もう一乃谷愁厳が兄であろうとする必要もない。だからそろそろ一乃谷愁厳と言う存在を許してあげてもいいんじゃないのかな。
だからその第一歩としてさ、ちょっくら高校生らしいラブい事をしてみるのはどうよ、と提案したい。
追っかけあの世に行って、「ちょっとあたしなんかどうすかー、お互い死にたてぴちぴち同士、ラブっちゃってみるのはどうよー」って言ってみるのはどうよ。
まああたしは厳密には死にたてぴちぴちじゃないけどいいじゃないのそこはそれ。これはこれ。無理の後に道理が出来るんだから、それくらい言っちゃってもいいんじゃないの。
いっちょあの世をエンジョイライフしようじゃないのって、ああ、これじゃあダメか。一乃谷愁厳はとてつもなく鈍いから、こんな言葉じゃ通じないか。だったらなんて言えばいいんだ。
うあー、うー、ちくしょー、どう口説けば良いんだ。これ。
今まで口説いたことなんか無かったからなー。一乃谷愁厳に惚れるまで恋愛なんてしたことなかったからなー。ああ、生きてた頃の藤枝あやかの初恋は別だけど、アレは結局あたしの感情であってあたしの感情じゃない。今でも彼の事は好きだけど、もうなんとなくおぼろげになってしまっている輪郭は、今のわたしには優しくて切ない気持ちしか生まないものだ。
あー、もう。もう少し遊んでおけばよかったかなー。どうしよう。
「抱いてやる!」
とか言っても駄目だろうな。
「犯してやるから覚悟しろ!」
とかもう彼には問題外なんだろうな。真っ赤になって焦っちゃうんだろう。そんな彼に釣られるのはあたしなんだから、墓穴を掘る真似は止めておきたい。
まぢでどうすればいいの。
『―――ねえ、一乃谷君』
あたしは心の中の一乃谷愁厳に問いかける。何度やっても後で思い出すと悶絶したくなるような事をしていると思う。それでも心の中の彼は彼らしい生真面目な顔で質問に答えてくれるから、心の中ではわたしも素直でいられる。
『人に想いを伝えるのであれば、素直な気持ちを言葉にするのが得策では無いだろうか』
『そう、かな?』
『ああ、俺はそう思う』
すう、と息を吸い込んだ。じゃあ、素直に言葉にしてみようか。それが一番彼に届く方法だと言うのなら。
「―――好きです」
…………………………。
―――……なんて酒飲んでも言えねー!!!!言えるわけねー!言ったら死ぬ!聞かれたら死ぬ!血反吐吐いて転げ回りつつ崖から落ちて死ぬ!!!!
「だが、君はもう死んでいるのではないか?」
「それはそうだけどそれくらいやばい…――――ってひゃあああああああああああああ!!!!」
気付いた時にはもう遅かった、膝を抱えて座り込んだまま焦ったものだから一回転んで転がりながら距離をとって、スカートの裾が割れてるのに気付いて立ち上がってのた打ち回って。なのにその声を発した人物は冷静に言うのだ。
「すまない、また驚かせたようだ」
もんどりうってものた打ち回っても崖から飛び降りそうになっても、その声は紛れようもなく彼のものだった。
彼のトレードマークの生徒会長だけが着る事を許された白の学ランを着ているし、もう一つのトレードマークの袱紗に包まれた刀はもう背中には背負っていなかったけれど、それは間違いなく涼やかな顔立ちの一乃谷愁厳だった。
「な、な、な!!!!!なんでここにいやがりやがりますかっ、一乃谷愁厳!あっさりさっぱりすっぱり死にやがったんじゃなかったーーー!!!つーか何処から聞いた!!何を聞いた!!聞いてたら今すぐ忘れてしまえーーー!!」
焦って驚いて目尻に浮かんだ涙はそのままにびしいっっと指を突きつける。
作品名:終わりと始まり 作家名:miyao