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幽霊なんか怖くない

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戸建てとマンションの風呂の違いは、洗い場の広さと脱衣所の狭さだろうか。浴槽自体はユニットだがそう狭いものでもなかった。
先に衣服を脱いだ帝人が、掛け湯だけで浴槽に入る。さすがに2人で浸かるにはギリギリなので、静雄が先に身体を洗った。
服を着ててもそう思ったが、日頃の行いからすれば嘘のように静雄は細い。腕も足も、しなやかな筋肉はついているが、いわゆる隆々というタイプではない。
これがサイモンのように身の丈2mの大男なら、あるいはそこまで異常視されることもなかったのかもしれない。サイモンが自販機を持ち上げても凄いには違いないが、見た目的になんとなく許容できるような気がするのだ。テレビ番組で見る『ビックリ人間』的なノリで。
案外、静雄は見た目で損をしている人なのかも知れないな、と帝人は思った。
「おい、終わったぞ」
「あ、はい」
思わず凝視してしていたが、静雄は気付かなかったようだ。交代して身体を洗い、ついでに頭も洗っていると湯船の中からお湯をかけてくれた。やはり面倒見がいい気がする。つい今し方、1人で風呂に入るのを怖がった人間と同じとは思えない。
渡されたタオルで顔を拭いて、さあどうしようかと悩んでいると、静雄がスペースを開けてくれて余計悩んだ。
入らないのかと不思議そうな顔をされて、やっと狭い浴槽に入る。やや熱めに入れたお湯が少しこぼれて、濡れた肩がぶつかった。
「さすがに狭いな」
「誰かと一緒に入るのなんて、銭湯以外では初めてです…」
「俺は、小学生の頃弟と入って以来だな。水掛けたり、沈めあったりして遊んでて、よく親に怒られた」
「…やらないでくださいよ?」
一応釘は刺したものの、エピソード自体はちょっと羨ましいと思った。帝人には兄弟がいない。仲のいい友達や幼馴染みと『お泊り』し合う事も無かったから、お風呂の中でふざけるという行為自体に馴染みがないのだ。
そんな事を考えていたらうっかり長湯してしまって、帝人は赤くなった顔を指摘されて慌てて風呂から飛び出した。狭い脱衣所で一緒に着替えていると、先に済ませた静雄が濡れた頭を拭ってくれる。
(兄弟がいたら、こんな感じなのかなぁ…)
ちょっと気恥ずかしいが、嫌な気分ではない。脳みそが揺すぶられる衝撃も割れそうな痛みもないから、ちゃんと手加減してくれているのだろう。
お返しとばかりに、帝人も静雄の髪をわしわしと拭いた。小・中の修学旅行もパスしてしまった帝人にとって、自分以外の誰かの髪を乾かしてあげるなんて、もちろん初めてだ。やりやすいようにと屈んでくれるのが、またなんだかくすぐったい。
「ちょっと大き過ぎたか」
「寝るだけだから大丈夫ですよ」
借りた寝間着は前合わせの長袖で、裾や袖は折ればいいが身頃が大き過ぎてブカブカだ。身長差より体格の問題なのだろう。
窓際で火照った頬を冷やしていると、ホットミルクの入ったカップが渡された。今日はなんだか世話を焼かれてばかりいる。
「そういえば静雄さんて、普段も見える人なんですか?」
風呂から上がると特にする事もなくて、帝人は直接疑問をぶつけてみた。この程度の質問なら大丈夫だろう。今日1日の乏しい経験から学び取った成果だ。
「…だからサングラスかけてんだろ」
「え、それって幽霊除けなんですか!?」
「それだけじゃねぇけど…、かけてた方が見え難いな」
「へぇー…」
そもそも『見える』といっても、静雄にとってはどんな風に『見えて』いるのだろうか。帝人の目には半透明に見えたアレが。
「池袋にもいるんですか?」
「……聞いてどうすんだよ」
「純粋な興味です。具体的な場所があるなら、明日にでも見に行ってみようかなって」
「こういうのが好きなのか? オカルトとか、怪談とか」
「怖いもの見たさというか、自分には見えないから余計話を聞きたくなるんでしょうね。もちろん実害は避けたいですけど」
恐怖心が無い訳ではない。怖い話は好きだが、聞きすぎると夜寝付けなくなる。
以前夜中にラジオの怪談特集を聞いていたら眠れなくなってしまって、結局明るくなるまで音楽を聴きながらパソコンを触って時間つぶしする嵌めになったことを話すと、静雄が笑いながら生乾きの髪をくしゃくしゃと撫でた。
―――と、唐突に天井付近から、パシ、という音が響いた。家鳴りのようなそれに思わず息を呑むと、目の前になある顔が神妙な面持ちで「たまにあるんだ」と言う。
「…今はいないんですよね?」
「いねぇ、………と思う」
「思う!?」
「そもそもセルティが言うには、俺はいい霊しか見えねぇらしいんだよ。だから今日はびっくりしたっつーか、」
「なにそれ、役立たず!!?」
言ってから慌てて口を抑えたが、静雄がキレる様子はない。というか、非常にわかりやすく顔に『どよーん』と書いてあった。
「あ、いえ、静雄さんが、じゃなくて、その、…悪い霊が見えないんじゃ身を守る役には立たないって言うか、その、大変だなぁ、って」
帝人が見たアレは、控えめに考えてもあまり『いいモノ』では無かったように思う。でも、静雄にはいいものしか見えなくて、その彼にも見えていたというのならあれはやはり『いいモノ』で、でも吃驚したという事は『悪いモノ』だと感じているということだったり、…するのだろうか、ひょっとして。
いやいやいや、居るかどうかわからない幽霊よりも、まずは静雄を立ち直らせるのが先だ。
「で、でも! 家の中では見た事無いんですよね!」
「おう…」
「今まで、危ない目にもあってないんですよね」
「ああ」
「じゃあきっと大丈夫ですよ。僕は静雄さんを信じます」
静雄の勘を。その強運を。いいモノしか見えなくて、それで何か被害があるのなら、セルティがとっくに助言なり除霊なりしていそうだし。
「そっか…」
信じるという言葉が嬉しかったのか目に見えて浮上する静雄に、無い筈の耳としっぽを思わず探してみたくなった。ペットを飼ったことなどなかったが、もし今後そんな機会があるとしたら絶対大型犬にしようと思う。
空気が少し和んで、―――と同時に再び、パシ、パシッ、と短い音が響いた。続く静寂と、…微妙すぎる沈黙。
「…もう寝るか」
「ですね」
渡された枕を抱えてベッドに横になると、すぐ隣に静雄がもぐりこんでくる。部屋の電気は点けたままだったが、2人ともそれを消そうとはしなかった。






翌日、寝不足のまま朝を迎えた2人が、それぞれ親友と上司に『静雄の家に帝人が泊まって2人して寝不足になった』という事実だけを告げて、盛大な誤解を招くのは、また別の話である。





作品名:幽霊なんか怖くない 作家名:坊。