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幽霊なんか怖くない

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「ごそうさまでした」
「…ホントにそれで足りてんのか? 育ち盛りなんだからもっと食え」
「や、本当にもう無理ですから! お腹いっぱいです…」
皿に盛られたパスタにサラダ、冷凍物の唐揚げをたいらげて、帝人はそっと腹をさすった。いつもなら確実に残すであろう分量を無理矢理詰め込んだのだ、足りないどころか苦しい。そう言っているのに、静雄はまだ首を傾げている。
大食漢ではないが、帝人は別に食が細い訳でも無い。運動部の男子に比べればともかく一般高校生ならこれが普通だと思うのだが、確かに静雄が食べる量には、ちょっと引いた。
文字通り山を築いたパスタに半泣きになった帝人の分も半分食べているから、軽く3人前はその腹の中に消えている計算だ。身長こそ高いがどちらかといえば細身だし、隠れ肥満のようにも見えないのに、いったいこの身体のどこにあの分量が消えたのだろう。
ちなみに、夕食を作ったのは静雄だ。
コンビニで下着と歯ブラシ、牛乳その他を買い込んで戻り、そういえば夕食はどうするのだろうと思っていたら、静雄が冷蔵庫から肉や野菜を取り出したのだ。料理するイメージなどなかったので驚いたが、慣れた手つきや冷蔵庫のストックを見れば、帝人より遙かに料理し慣れているのは一目瞭然だった。
ソースはさすがにかけるだけでパスタが作れるという市販のものだったが、帝人がちぎったレタスにたれで炒めた肉と玉葱を乗せ、パスタにソースを馴染ませ、唐揚はその間に電子レンジで調理しておく、という手際の良さだ。パスタをゆでる時間を入れても20分程度しか経ってない。
確かにこれだけ食べるなら、自分で作った方が効率的だろう。毎日外食じゃかなりの出費だ。
「まあいいか。―――ケーキあるぞ、デザートに食え」
「…それはかなり魅力的ですけど、本当にもう入りません」
「じゃあ、残しとくから風呂上がりにでも食え」
そう言って、冷蔵庫から取り出した箱を静雄が目の前に広げる。どれにする、と聞かれて、帝人は6つのケーキの中からショートケーキを指差した。
「1個でいいのか?」
「充分です、…て、だから今は無理ですってば!」
「そうか?」
皿に乗せようとするのを固辞すると、静雄はショートケーキを箱に戻して、残りの5つを皿に盛った。セロファンをくるくると剥がし、フォークで切り分けて口の中へと運んでいく。
「…それ、全部食べるんですか?」
「ん? ああ…」
がっつく様子もないのに、驚異的なスピードでケーキが消えていく。 目を丸くして見ていると、早くも2つ目を食べ終えた静雄がじろりと睨んだ。
「んだよ、俺が甘いもん食ってたらおかしいってのか!?」
「甘い辛いはどうでもいいですけど、食べてる量は確実におかしいと思います」
「………は?」
「パスタだけで、ボウル2杯はあったんですよ。レタスだって1玉丸々ちぎったのに…、唐揚げも業務用ほぼ1袋完食でその上ケーキ5個って、…一体どこいったんですか、今まで食べたもの」
その声音が含む怒りに気付けなかったのは、帝人の鈍さだ。が、今はそれが幸いした。味の嗜好ではなく分量を気にする帝人に、静雄の毒気が消えていく。
「いつもこんなに食べるんですか?」
「家で食う時は食うけど、外じゃ普通に1人前だな」
「それじゃお腹空くんじゃないですか?」
「いや、食わなきゃ食わないで別に気にならねぇし」
どういうシステムなんだろうと少しだけ気になったが、そもそも静雄の存在自体が規格外だ。あるいは、この体格であの運動量を確保する為にはそのくらいのカロリーが必要なのかもしれない。
食後は、夕食の礼に洗い物を買って出た。洗った食器を乾燥機に放り込んで戻ると、ミルクと砂糖を入れたコーヒーを渡される。
テレビ番組を見るともなく眺めている静雄の横で、帝人は宿題をさせて貰った。提出は火曜日だから急ぐものでもないのだが、手持ち無沙汰だったのだ。
英語のつづりを書き取りながら、帝人はちらりと横顔を盗み見る。サングラスをはずすと彼は途端に温和な印象になって、眉間に皺さえ寄せなければモデルや俳優だといっても通りそうな顔立ちだ。
見た目だけではない。中身も、どちらかといえば気遣いの出来る、面倒見のいい性格に思える。視線はテレビ画面に固定されているが、宿題をする帝人の邪魔をしないようにしてくれているのが感覚でわかるのだ。
何より帝人は、彼が『平和島静雄』であることを差し引いても、初対面の人間の家で会話も無いのに寛げている自分に驚いていた。最初に情けない、…いや怯えている姿を見てしまった所為だろうか。
最後の問題を解き終え、確認してから鞄にしまうと、ちょうどテレビの方も番組が終わったところのようだった。夕食が遅かったこともあって、もう11時近い。
「あの、…そろそろお風呂お借りしてもいいですか」
普段は銭湯に通っているから1日くらい入れなくても気にしないが、わざわざ下着を買いに行ったんだから借りる方向でいいのだろう。
控えめに言うと、なにやら考える素振りを見せた静雄が「よし、背中流してやる」ととんでもないことを言い出した。冗談じゃない、いや、むしろ冗談であって欲しい。
なんでそんなこと言い出したんだろう、と考えてふと思いついた。
「…ひょっとして一緒に入りたいんですか?」
言ってみると、急に静雄の態度が目に見えてそわそわしだした。
恐怖心を煽る状況としては、風呂場はうってつけだろう。シャワーを浴びていて天井から、なんていうのもよく聞くシチュエーションだ。
「いや、別にそういうんじゃなくてだな、」
「違うんなら1人で入ってください」
「う…」
途端にしょげ返ったような顔に、帝人は吹き出しそうになるのを懸命にこらえた。なにこれ、可愛い。可愛い平和島静雄って、あり?
「…静雄さんに洗って貰ったら、背中の皮ごと剥けちゃったりしませんか」
「いや…、小学生ん時は弟と入って洗ってやってたし、多分大丈夫、…なんじゃねぇ、か…?」
やはり婉曲な言い方では通じないらしい。不安そうに言い募る様子が、大きな犬を連想させた。特に今は耳を垂れている印象だから、ゴールデンレトリバーあたりがぴったりだろうか。
「じゃあ、僕お湯溜めてきますから、静雄さんは着替え用意して貰っていいですか」
「ああ…」
「溜まったら一緒に入りましょう」
「…おう!」
しっぽがあったらブンブン振ってるんだろうなぁ、という態度に、帝人はもう一度笑いの衝動を噛み殺した。―――うん、ありだ。




作品名:幽霊なんか怖くない 作家名:坊。