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彼の歌声

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「これ、よく鼻歌でうたっていたよな。よくうたっていたから、覚えていて、この前見つけたんだ。レン、この曲、好きなんだろ」
「──違う」

 無意識的に声が漏れた。確かにこの曲は好きだ。けれど、それは、

「レンが歌っていたから……」

 声が震えた。スピーカーから漏れる声はおれの聞き知った声ではない。レンではない、違うボーカロイドが、彼の曲を歌っていた。
 視界が滲む。壊れたのかもしれない。胸の奥が熱い。メンテナンスしにいくべきなのかもしれない。マスターが驚いたような表情を浮かべておれを見る。レン、と呼びかけられた気がした。気がした、だけかもしれない。

 自分では意図しない声が出た。叫ぶような声が喉の奥から漏れた。自分の声ではないように思える声が、おれの喉から止まることなく出る。
 マスターが息を呑むのがわかった。視界が歪んで、歪んで、何もかもが、辛く思えた。

 レンの歌う声が、おれの耳奥で鳴り響いていた。


(終わり)
作品名:彼の歌声 作家名:卯月央