入り浸って気まぐれさん
構造的に中央から意図して隅に追い立てられているような部屋があった。情報を扱う者として、これは一体如何なものかと即座に細部を覗き多少手間取るも訳を知ることが出来た。
好奇心は訳の嵐の目に居る、静まり返った当人そのものへと向く。様々な警戒すべき処を迂回、もしくは対処しつつ出逢いの瞬間を設けた。稀にみる入り組んだ策謀に舌を巻く。これだから躊躇せず夢中になった事項へと潜っていける。さあ、いよいよご対面。
重厚な扉は拒絶を具現しているようで、軋む音を立てた。前触れの使いを遣してはいたが、快い返事ではない素っ気ないものから歓迎は期待していない。そもそもこうした訪問すら苦いものであるだろう。掘り返しを避けるがごとく、丁寧に噂も畳んでは存在を希薄なものへと造り変えようとしていた痕跡はとても強く、侵入禁止を無言の内に語っていた。
質は彼の生まれに相応しく最上のものであったが意匠は抑えられていた、その椅子に冷めた眼をしたこが独り、何処か迷いの最中にある表情を浮かべながら腰掛けている。傍らには幾ばかの白い紙と筆が置いてある。視線の先を悟らせないようにしつつ観察を進める。
返された反応は少々珍しいものであった。脇の紙と筆を手に取り、さらさらと生真面目さの滲む筆致で初めまして、と書かれた文面を見せられる。掲げた紙の後ろに表情を隠し、自然声も出さない。ふうん、随分と大袈裟な拒絶だね。それならばと膝を折り、怯む相手の片手を取り唇を寄せて艶を含めた声音を出す。
「初めまして、この度は入室のご許可を賜り恐悦至極」
ぱちくりと丸い眼を瞬かせることに成功する。道化たものも様になっているという自負はある。頑なに敷かれた盾を崩す為に手段は当然選ぶつもりはない。小さな握りこぶしが解かれるにはまだ先だろうが、掴みはこのような感じで十分だろう。何度も此処に足繁く通う予感は扉を開け、空気に触れた時点で訪れている。
誰も寄せ付けない警戒心に強張った子猫と、偶には戯れてみてもいい。
ま、意中のこと二人きりに加えて、防音については最適で寝台もあるし都合はいいけどね甘えるような声で仄めかしつつ、柔い唇に一本だけ指先を添える。思わずといったごく小さな声を零された。
忍ばせた意味が分かり、そういう行為の申し込みに照れるとは喜ばしくもこのおませさんに少々の脈があるのかもしれない。通い詰めた成果は一応あるらしく、自分には珍しい努力が報われたようでよかった。まだ、これからではあるけれども。慎重に慎重さを上乗せしなければ。
だって、否定が余さず言い訳になるから。宿る感情に対しての抵抗も空々しいから。最早この段階では末期で、問答は無用だから。失うなんて耐えられない。愛おしくて仕方がないんだもの。
おかげさまでこの年になって今更、恋と初めましてを交わしたよ。
好奇心は訳の嵐の目に居る、静まり返った当人そのものへと向く。様々な警戒すべき処を迂回、もしくは対処しつつ出逢いの瞬間を設けた。稀にみる入り組んだ策謀に舌を巻く。これだから躊躇せず夢中になった事項へと潜っていける。さあ、いよいよご対面。
重厚な扉は拒絶を具現しているようで、軋む音を立てた。前触れの使いを遣してはいたが、快い返事ではない素っ気ないものから歓迎は期待していない。そもそもこうした訪問すら苦いものであるだろう。掘り返しを避けるがごとく、丁寧に噂も畳んでは存在を希薄なものへと造り変えようとしていた痕跡はとても強く、侵入禁止を無言の内に語っていた。
質は彼の生まれに相応しく最上のものであったが意匠は抑えられていた、その椅子に冷めた眼をしたこが独り、何処か迷いの最中にある表情を浮かべながら腰掛けている。傍らには幾ばかの白い紙と筆が置いてある。視線の先を悟らせないようにしつつ観察を進める。
返された反応は少々珍しいものであった。脇の紙と筆を手に取り、さらさらと生真面目さの滲む筆致で初めまして、と書かれた文面を見せられる。掲げた紙の後ろに表情を隠し、自然声も出さない。ふうん、随分と大袈裟な拒絶だね。それならばと膝を折り、怯む相手の片手を取り唇を寄せて艶を含めた声音を出す。
「初めまして、この度は入室のご許可を賜り恐悦至極」
ぱちくりと丸い眼を瞬かせることに成功する。道化たものも様になっているという自負はある。頑なに敷かれた盾を崩す為に手段は当然選ぶつもりはない。小さな握りこぶしが解かれるにはまだ先だろうが、掴みはこのような感じで十分だろう。何度も此処に足繁く通う予感は扉を開け、空気に触れた時点で訪れている。
誰も寄せ付けない警戒心に強張った子猫と、偶には戯れてみてもいい。
ま、意中のこと二人きりに加えて、防音については最適で寝台もあるし都合はいいけどね甘えるような声で仄めかしつつ、柔い唇に一本だけ指先を添える。思わずといったごく小さな声を零された。
忍ばせた意味が分かり、そういう行為の申し込みに照れるとは喜ばしくもこのおませさんに少々の脈があるのかもしれない。通い詰めた成果は一応あるらしく、自分には珍しい努力が報われたようでよかった。まだ、これからではあるけれども。慎重に慎重さを上乗せしなければ。
だって、否定が余さず言い訳になるから。宿る感情に対しての抵抗も空々しいから。最早この段階では末期で、問答は無用だから。失うなんて耐えられない。愛おしくて仕方がないんだもの。
おかげさまでこの年になって今更、恋と初めましてを交わしたよ。
作品名:入り浸って気まぐれさん 作家名:じゃく