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人で無し

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 離れた場所でどかりと地面に座り込んだ金吾は、ふう怖かったあ!と息を吐き出した。その言い方の開き直ったような軽さは、幾度この物騒なやり取りをしても変わらない。
「凶王の前で徳川家康を褒めちぎるとは、なかなかの勇気をお持ちですよ金吾さん」
 その横に佇んだまま天海が言うと、金吾はふくよかな頬をさらに膨らませて、
「だって本当のことじゃない!」
 と言い放った。
 天海にとっては、この男の小心なわりに大胆な(或いは鈍感、とも言うが)物言いが、時折面白いといえば面白い。
「三成くんもおかしいよ。秀吉さまってもう死んじゃったんだよ?いないんだよ?頑張って戦に勝って格好つけても褒美をくれるわけじゃなし、何であんなに今でも崇拝しきってるのかなあ。理解できないよね!」
 最後には笑いながら同意を求める姿に、天海もにこりと笑ってええそうですねえ、と言った。
 この卑屈で決断力のない男が周囲の誰からも嫌われ、見下されているのは、「巧みに相手の厭な所をつく」という要らぬ能力を持っているせいでもあると、天海は認識している。
「僕は正直秀吉さまがいなくなってほっとしてるんだよね。だってこわかったもん」
 家康さんが庇ってくれなかったら危なかったなあ、などとまた平気で口にするのだ。
「金吾さんは本当に怖がりですねえ。……けれど確かにこの世は、憂いと哀しみに満ちていますよ」
 天海が優しげな口調で適当なことを言うと、金吾は真顔で頷いた。
「うん。僕ね、怖いものばっかりだよ。何でみんな僕のことぶつんだろうなあ…。僕は誰かがいなくなると安心するんだよ。天海さま。みんなみんな僕を苛める人はいなくなっちゃえばいいのになあ。そうしたら僕はひとりで楽しい鍋時間。うん、最高だよ」
 周囲に味方のひとりもおらず、敵ばかりを意図なく作り出す矮小な男は、人を惜しむということを知らない。
「三成くんはあんなに秀吉さまが好きだけどさあ……」
 ぽつりと呟いた男は、こそこそと膝を抱えて座り直すと、内緒話を打ち明けるようにして隣に立つ天海を見上げた。
「さっきもさ、おかしいんだよ三成くん。
 最初は何だっけなあ、とにかく、秀吉さまを侮辱するか!とか秀吉さまを裏切ろうとしておきながら!とか言いながらね」
 くすっと笑みを零す。
「最後にはこう言ったんだよ。さらには家康を裏切った裏切り者め、―――だってさ!変だよね、ほんとに。だって僕に家康さんを裏切らせたのは三成くんなのに!」
 それを責められても参っちゃうよね、と軽く言う男は、もうつい先程その凶王に殺されかけたことなど忘れてしまっているのだろう。痛めつけられることに慣れ過ぎた男は、痛みの記憶を即座に消してしまう。
「そうですねえ、金吾さんの言うことはいつも正しい」
 天海が流すと、金吾は頬を緩ませた。
「僕、みんながいなくなったら嬉しいけど、天海さまはいてくれてもいいなあ」
「それはそれは。恐悦至極」
 心のこもらぬがゆえに、心底からの声音を出して勿体ぶってみせた天海を嬉しげに見上げて、金吾は続けた。

「本当に、死んじゃった人を追い求めるなんて、無駄にも程があるよ!」

 天海は慈悲深き笑みと評判の、穏やかな微笑みを浮かべながら、ええそうですねそう思います、と答えた。
「貴方の舌を切り取ってしまいたいくらいに同感ですよ」
 
 



 美しい女がいた。漆黒の着物を艶やかに翻し、女の手には不釣り合いな重火器を容易く操って蝶のように舞う女。蠱惑的でありながら芯の柔い、弱く儚い女だった。
 小煩い子供がいた。人の道に外れた魔性の子として無邪気に育ち、手にした弓で多くの人体を貫いておきながら屈託なくけらけらと笑い、時にはよく吠える子犬のように突っかかってきた、愚かで小賢しくも時に愉快な子供だった。
 そして、
 この世のあらゆる闇を、悪を、混沌を、無情を、無慈悲を、冷酷をひとつに凝り固め、ほんの一滴だけ人の情けを落とし混ぜたようなあの男がいた。
 堪らなく誘惑的で、香り立つ程美味そうで、むしゃぶりつきたくなる程愛おしい、魔なるものの王。


 
 天海は死者を見ながら生きている。
 死者の世界で呼吸をしている。
 そうして気付けば薄らと笑っている自分を知っていた。

 案外、幸福とはこういうものではないですかね。
 ねえ、おかわいそうな金吾さん。

作品名:人で無し 作家名:karo