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オーダーメイド

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もしも生まれていけるのなら
強い人より優しい人に
なれるように なれますように



耳元で、水が弾けた。
目を空けると、そこは何もない白い世界だった。
上下左右すべてが白く塗り固められた、平行感覚も失う白の世界。
足元がやわらかく歪んだ。少しだけ身体が浮き上がる感覚は、まだ知らない海に似ていた。



(知らないのに、知っているなど。おかしな話なのである)

そう思って、再び顔を上げた。



いつの間にか自分の前には、一人の男が立っていた。
少しだけ、袖の汚れた詰襟軍服。初めて見るそれが、なんだか少し懐かしかった。
目線が重なる。不機嫌そうに眉を歪めてこちらを見ている。
いや、不機嫌なのではない。これは彼の常なのだ。


もしも迷惑でないのなら、私のものをやろう。
機銃でも主砲でも。それは貴殿の力になるだろう。


彼は口を開いてそう言った。
それに私は、いらないと答えた。持て余す強い力はいらない。自分には、機銃も主砲も必要ないと。
ただ。誰かを守れる力が、少しだけあればいい。危険がすぐに分かる力があればいいと。


彼は、少しだけ安心したような顔で続けた。


任務を全うするには、心が邪魔になる。
感情を消して、ただ兵器として生まれることもできる。そのほうが、ずっと楽に生きられるが。
貴殿はどちらで生まれたい?


少しだけ目線の上げて、私はこう答えた。
もう持っているものを、失うのは怖い。それに感情がなければ、誰かを守りたいと思えないかもしれない。誰かと気持ちを分かち合えないのは淋しい。一人で生きていけるほど強くはない。だから、このままでいいと。消されては困るのだと。


切なそうに目を細められた。
一歩近づいた彼に、更に目線を上げて応えた。
しばらく視線が交差する。


見たことを。起きたことを。
覚えておくことも忘れることもできる。
楽しいこと以上に、辛いことも起きるかもしれない。
生まれたことを後悔することもあるかもしれない。
貴殿はどうしたい?


少しだけ考えて、わたしはこう応えた。
たいせつな人に。何度もはじめましてをしたくない。生まれたことから逃げたくない。
つらくても、誰かといっしょならきっとだいじょうぶだ。


彼の表情が歪んだ。そう思ったら、膝をつかれて抱き締められた。
硝煙の匂いが香る。
目の前に押しつけられた彼の肩口には、黒い染みが点々と咲いていた。



国を。
攻めるのではなく守れる人に。
誰かを守れる優しい人に。
「大切」が何なのか分かるように。


誰かとの約束が果たせるように。


より強く抱き締められた。
声はなかったが。
確かにそう聞こえた気がした。


かすかに流れてくるイメージ。
たくさんの涙と、たくさんの強い思い。
希望・愛情・劣情・嫉妬・号泣。
ぜんぶ、きっと彼の大事なものだ。


忘れたい。でも忘れない。
こんな思いをなんと呼ぶのだろう。
胸が騒がしい。でも懐かしい。
こんな想いをなんと呼ぶのだろう。



じゃあ。
ひとつだけ欲しいものがあります。

そういうと、彼は顔を上げた。


あなたのきおく。あなたのことば。
あなたが果たせなかったやくそく、わたしが代わりに伝えに行きます。


そう言うと、髪を乱暴に掻き混ぜられた。
かすかな過去と交差する。
あたたかい気持ち。すこしだけ恥ずかしくて、嬉しかった。
自分ではなく。きっと、これは彼の過去だ。


申し出は嬉しいが、貴殿にこれは渡せない。
守るために生まれる貴殿に、この記憶は必要ない。



手が離れる。
崩れた髪を手で直していると、彼は言葉を落とした。


名前を言うといい。


そう言われて、唇を動かす。
“護衛艦きりしま”
知らないはずの自分の名前。勝手に、言葉が紡がれていた。


それを聞くと、彼は笑った。
深い海の色のような、青い目。
この懐かしい気持ちはなんだろう。
立ち上がり背を向ける彼に、名前を聞いた。
貴殿はもう知っている。
一度だけ振り返った彼は、そう答えて。姿を消した。



白い空間が歪む。
誰かが呼んでいる声が聞こえる。彼の消えた方向を見つめながら、小さく言葉を落とした。




どこかで会ったことありますか?






****



目を開けると、U坊が心配そうな顔をして覗き込んでいた。
指差された頬を触ると、涙が伝っていた。
あわてて袖で拭う。この弟は、人の気持ちに敏感なのだ。


「何でもないのである!ちょっと、目にゴミが入ってただけなのである」

そう言うと。たぶん納得はしていないが、それ以上の追求はなかった。
ふてくされた顔をされたので、ほんとに何でもないのである。と、髪を撫でた。


見上げた空は青い。
眠ってしまってから、さほど時間は経っていないように思えた。
「…待ち時間はたいくつなのである」
補給艦の準備に、思った以上に時間がとられているようだった。海上待機が命じられて、もう半日が経つ。
外周ぎりぎりに舵を取ると、近くを哨戒していたU坊を呼び付けて、雑談を交わした。
陸上の抗争も、ここまでくれば耳に届かない。
海の上は、平和だ。


そう思ったら、どうしてか涙が出そうになった。
視線を感じる。またU坊がこちらを見ている。
「…くしゃみが出そうで出なかっただけである」
とりあえず、言い訳だけしておいた。

「もうすぐ派遣任務も終わるのである」
昨日、上司から派遣の打ち切りを告げられた。
告げられて。一番最初に思い浮かんだのは、彼の顔だった。
そして海図を確認した。
ドイツと日本は、思ったよりも遠い。
「そんな顔、しないでほしいのである」

泣きそうな顔をされたので。ぽんぽん。と、頭を撫でた。
「正月休み…があるのかは分からないのであるが、また必ず会いに行くのである」

だから、U坊も遊びにくればいいのである。
「やくそく、なのである」
小指を差し出すと、疑問符を浮かべられたので。指切りを教えた。「またね、なのである」


空の下で約束を交わして。笑顔で別れた。さようならは言わない。また今度。くらいがちょうどいい。
陸に向けて舵を切ったところで、召集の連絡が入った。気持ちを切り替えて、臨む。

背後には、焼けるような夕焼けが迫っていた。それを見送って、自分の道を進んだ。
明日も明後日も、素晴らしい日になることを願って。


*****
RADWIMPS「オーダーメイド」より、歌詞の一部を引用しています。
作品名:オーダーメイド 作家名:呉葉