おやすみなさい
いつも通りの日々を過ごしていればすぐに25日はやってきた。私は朝早くに起きて帝人に買ったプレゼントを持ち埼玉に向かった。
帝人の病室は個室で、だからだろうクリスマスらしい飾りつけがしてあった。
「帝人、久しぶりね」
「波江さん! お久しぶりです。来ていただけて嬉しいです」
いつ見てもこの笑顔に癒される。今日はまだ帝人の両親が来ていないことを確認して色々な線に注意しながら帝人に抱きついた。帝人も柔く抱き返してくれる。いつだったか、病室を訪ねた私に波江さんに抱きしめてもらうとすごく幸せですと言っていた。それからは躊躇いなく彼女に抱きつくことにしている。
「今日は誰もこないの?」
「今日は波江さんが泊まりにくるので誰もきませんよ。明日は正臣と園原さんとセルティーさんと……皆来てくれるみたいです」
「そう。じゃぁ、今日は帝人をめいっぱい独り占めできるのね」
「はい。僕も波江さんをめいっぱい独り占めできます」
それから他愛無い会話を繰り返す。話題がなくなればお互いよりそって何も言わずに時間を過ごした。
気付けば夕食の時間らしく、ナース服を着た看護士がトレイに帝人分のご飯を持ってきた。帝人に暫く食べるのは待ってくれるようにお願いして私も売店で今日の夕飯を買う。ベッドに備え付けられた小さな机に2人分のご飯をならべていただきますと手を合わせた。
「もう、帝人の手料理は食べられないのかしらね……」
「波江さん?」
なんとなしに漏らしてしまった自分の言葉に苦笑する。
「ごめんなさい。とても美味しかったから」
「ふふ、ありがとうございます。そうですね。また、元気になったときは、一番に波江さんに僕の手料理をお持ちしますね。たくさん作るので残しちゃ嫌ですよ」
食事を終えてから、私は帝人に買っておいたプレゼントを渡した。
「も、貰っていいんですか! ありがとうございます! 中みてもいいですか?」
小さな子供のように瞳をキラキラと輝かせる帝人は私の返事を待った。
「ええ、気に入るかは分からないけど」
言ってすぐに帝人は赤色の包装紙をきれいに取り払う。小さめの箱。その中には蒼い照明と持つ小さなスノードームが入っていた。
「……」
「どうかしら。その蒼色が貴方の目に似ていると思って選んできたの」
帝人はスノードームから此方に視線を移すと今までに見たことのないくらい幸せそうに笑んだ。
「ありがとうございます」
かみ締めるように紡がれた言葉に、私はどうしたしましてと答えた。
消灯の時間になってベッドの隣に布団を敷こうとすると、帝人はベッドで一緒に寝ましょうと誘ってきた。
「あの時みたいに。一緒に寝たいです」
悪戯な笑みを浮かべる帝人に仕方ないわね。と満更でもなく私はベッドに入った。
帝人をギュッと抱きしめる。あの時よりも少し痩せたなと思った。
「波江さん」
帝人は私の胸元に顔を埋め私を呼ぶ。
何?と帝人の顔をあげさせようとするが帝人はそれを拒むようにさらにすがり付いてきた。
仕方なく、私は帝人を抱きしめ、窓の外を見る。そういえば、今年はまだ初雪が降ってないわね。
「波江さん。さっきのスノードーム。波江さんが持っていてください」
「なんで……気に入らなかったのかしら」
「違います。すごく、すごく、嬉しいです。あのスノードーム、僕に似てると思ってくれたんですよね」
「そうね貴方のきれいな瞳みたいだと思ったわ」
「なら、僕だと思って傍に置いてあげてください。そして、もう必要ないと思ったら。捨ててください」
言葉が見つからなくて、私は強く帝人を抱きしめた。帝人も強く抱き返してきて。お願いしますね。といった。
了承なんてしたくなかった。まるで、帝人が死んでしまうみたいだから。けれど、それを帝人が望むならと
「分かったわ」
それだけ告げた。本当はもっと話そうと思ったが、今日はもう何もいらないかと思った。でも少し寂しくて、どうせこんな近くにいるならと、無理矢理に帝人の顔をこちらにむかせた。
「な、みえさん……」
少し目が赤くなっていた。そうか、泣きそうだったからか……
愛おしくて、大きな蒼色の瞳を見つめながら、少し冷たい唇にキスをした。
「な……んで……」
帝人は目と同じように今度は頬を赤くする。
「今日貴方は私にクリスマスプレゼントをくれなかったわ。それも、あげたプレゼントを持って帰れなんていう。だからキスを貰ったの。文句はあるかしら?」
「ない…です……」
帝人は恥ずかしそうに視線を彷徨わせるとまた胸に擦り寄ってきた。
「おやすみなさい」
一層小さな帝人の声が聞こえて、私もおやすみなさいと小さく返した。
25日。帝人がいった通り昨日の2人きりが嘘のように人がきた。
帝人はとても愛された子なんだと思った。
昼も少しすぎた頃。なんだか今日はハシャギすぎたみたいですと帝人はベッドに横になった。
「少し、眠いです……波江さん……」
「そう。だったら寝なさい」
「ねぇ、波江さん」
「どうしたの?」
「ありがとうございます。毎日おはようございますと、おやすみなさいを言えて幸せでした」
死に際の挨拶のようだと思った。
「臨也さんの家を出る1月前くらいから、もうおはようもおやすみもいってきますもただいまも返してもらえてませんでしたから。とても、嬉しくて」
「お礼を言うなら私の方ね、貴方の1日を貰えたみたいでとても幸せだったわ」
「……外……」
帝人の視線の方を見ると白い雪がチラついていた。
「雪ね」
「そうですね……」
帝人が臨也としていたという約束を思い出した。今帝人はどんな気持ちなんだろうそう思って顔を伺うとなんだかとても嬉しそうだった。
「波江さん。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
帝人と最後に言葉を交わしたのはどれくらい前だろうか。
あの雪の日とは打って変わって日が痛いくらいに照る真夏へと変わっていた。
あれからも私は変わらずに臨也の下で働いている。
帝人が死んでからの臨也はいつもと大分様子が違ったが最近では落ち着いてきたと思う。
「波江―。涼しくなる物みたいだろ」
「そんなものいらないわ。この部屋は冷房がきいているからそれだけで十分よ」
そう返したはずなのだが、臨也はそれを無視して自室から何か台のような物を取り出してきた。
「何よそれ」
「スノードームだよ。去年の今日。帝人くんと一緒にこれを買ったんだ」
それはどう見てもスノードームではなかった。あきらかに一番大切な部分が足りていない。
「これ、本当はさ、帝人くんの目みたいにきれいな蒼色だったんだよ。波江には見えないだろうけどさ、俺には見えるんだな」
寂しそうな顔をしているくせに、いつものような笑い声をあげて、彼はそれを自分の机に置いた。
ああ、そうか。
私はパソコンをそのままにすぐに戻るわと自室に戻った。
ベッドの脇に置いてある物を引っつかみすぐに事務所に戻る。
そして、それを臨也の目の前でチラつかせる。
「貴方は幻覚のスノードームを見ているんでしょうが、私にはこのスノードームがあるから問題ないわ」
蒼く発光するそれに臨也は手を伸ばすが届く前に波江はそれを自分の胸元に引き寄せる。