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おやすみなさい

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 臨也には珍しく本気で驚いている様子だったが私はそれを無視して話を進める。
「昨日の女は誰?」
「……なに? 帝人くんにでも聞けって命令された?」
 気持ちの悪い笑み。嫌らしい。こいつにお似合いの笑み。最近見ていなかったから忘れていた。折原臨也とはこういう男だった。それを思い出すのと同時に、そういうことなのだと理解した。
 帝人を愛して、愛して、愛して、腑抜けていた折原臨也はもう何処にもいないと。
「違うわ。仕事も終わってないはずなのに女とホテルに入っていくのを見たからよ」
「ふーん。まぁ、なんでもいいか。彼女はね。俺の新しい恋人だよ」
 歪みない、しかし歪んだ笑顔。
 気持ちが悪い。吐き気がする。死んでしまえ。こんな男は今すぐ死んでしまえ。

 月日は流れ11月に入った。外は寒くてコートがないと歩いていられない。
 あれから臨也の浮気癖は直らなかった。浮気というよりは帝人への愛が冷めてしまったのだろう。
 段々と衰弱してく帝人を見つめながら。
 折原臨也にはこうある事が本来の目的だったのだと理解した。
 好きな人が大切な人が辛そうな姿など見ていたくなくて何度も彼女にアイツとは別れればいいと訴えたが彼女は頑としてその意見を聞こうとはしなかった。あまりにも頑固な彼女に理由を聞かせてくれないと納得できないと詰め寄ると、「2人で今年の初雪を見るんです。あと少しできっと雪が降ります。それまで、それまで臨也さんと一緒にいることを許してください。」
 そう言って幸せそうに彼女は笑った。痛ましい。なんて痛ましい。私の方が心が張り裂けそうだった。
 守られるかも分からない、もう自分に興味のない男に対して、他人が見ればなかなか離れられない嫌な女なのかもしれない。けれど私にはどうしようもなく純粋な愛に見えた。彼女の命が消えそうだからなのかもしれない。私が彼女を好きだからそう見えてしまうのかもしれない。
 帝人への愛が増すたびにアイツより好かれていないことが悔しくて、アイツが憎くて仕方なくなった。
 それは少しの対抗心だったのかもしれない。アイツが私の知らないところで帝人を幸せにする約束をしていたから。だったら私もこの子と約束をする。
「ねぇ、帝人」
「なんですか?」
「臨也と別れて私と付き合って。貴方を永遠に大切にするわ」
「駄目ですよ」
「あんな奴何もいいところなんてないじゃない」
「ふふ、波江さんにはそう見えるんですね。でも、僕には臨也さんは特別なんです。大切で愛おしい人なんです。だから駄目です」
「だったら……」
 帝人の視線がこちらに向いた、私も帝人のキレイな蒼い瞳を真っ直ぐに見つめる。
「もし、何かどうしようもない事が起きて。最後までアイツといられなくて、貴方が1人になってしまったら……」
 帝人は僅かに眉を寄せた。酷いことを言っているのは分かっている。
「どうか、貴方におはようと、おやすみなさいを毎日言わせて」
「……な、なんですかそれは?」
 すっかり皺は消え、キョトンとして私を見つめた。
「羨ましいのよ。貴方の1日を独り占めするアイツが。だからもし帝人がアイツと離れることになったらそれを言う権利を私に頂戴」
「いいですよ。今からでも」
 帝人は幸せそうに笑った。
 私も幸せだった。
 次の日事務所の扉を開けるとカウンターに食べかけのご飯が置いてあった。どう見ても帝人が昨晩作っていたものだ。
「ああ、波江さんおはよう。それ、食べてもいいから」
 素っ気無い言葉だった。それ、と称されたのは帝人が一生懸命作ったもの。臨也には、その一生懸命すらも伝わらないのだろうか。
「どうしたのよこれ」
「帝人くんが作っていったんだよ」
「そう。帝人が……なら食べるわ」
 臨也に向けられた愛情も丸ごと食い尽くしてやる。
「波江、帝人くんと仲良くなったの?」
「仲良く……は、なってないわね。でも好きよ。彼女のこと」
「そうそう、俺、帝人くんと別れたから、それが最後の手料理だよ」
 大笑いしそうだ。腹の底から愉悦がこみ上げてくる。
「最後の手料理になるのは貴方だけでしょう」
「は?」
「私は彼女と今後も会うから、帝人の手料理が食べられないのは貴方だけよ」
 あの子の手料理も、あの子のおはようも、おやすみなさいも。全部私が貰うわ。だから全てが最後になるのは貴方だけよ。
 そう言ってあざ笑ってやりたかったが私は無言になったアイツと同様に無言で帝人のご飯をいただいた。

 その日家に帰ってかれすぐに帝人に電話をかけた。
「もしもし、波江さん?」
 受話器越しに帝人の声が聞こえる。
「帝人?」
「はい」
「約束、適用されるのかしら」
「……勿論です」
 予想以上に明るい声が帰ってきた。そのまま、おやすみなさいと言おうとすると波江さんという彼女の声にそれは阻まれる。
「波江さん。僕、埼玉に帰ります」
「なんで?」
 そんなにアイツに振られたことが辛かったのだろうか。
「僕の時間が長くないって知ってますよね。病院にいたら。少しは伸びるかもしれないんです。今まで両親に心配ばかりかけてきたから、臨也さんがいないならせめて長生きしようと思って」
 そう言った帝人はきっとまた笑っているんだと思った。
「おやすみなさい、波江さん」
「おやすみなさい、帝人」

 そして、帝人からの何回ものおはようと、何回ものおやすみなさいを手に入れた。
 電話越しだが、それは確かに私だけに確実に約束されたものな気がした。
 仕事がない日は埼玉の病院に顔を出して。いただきますとごちそうさまを繰り返した。
 帝人は私に臨也のことを聞かなかったし、私も帝人に臨也のことは語らなかった。
 今までにないくらい穏やかだった、誠二のことも頭から離れてしまうほど穏やかに。
 朝起きてからと夜寝る前に彼女の声を聞くことが私をそうさせた。

 12月の半ば、パソコンと向き合う私に臨也はいつもと変わらぬウザったらしい声で話しかけてきた。
「波江さん。12月24日から26日までは休みをあげるよ。どうせ一緒に過ごす人はいないんだろうけど楽しいクリスマスを過ごしてくれるといいと思うな」
「……」
 皮肉交じりの声も多少気になったが、それよりもそんなに長い休みを貰ったのは久しぶりだった。クリスマスという日に帝人と過ごせるではないか。今すぐ携帯電話を取り出して帝人に約束を取り付けたくてたまらない。
「そんなにふてくされるなよ、波江さんくらい美人だったら適当に男に声をかけたら誰かついてくるさ。まぁ、君の大好きな弟くんは君とは過ごしてくれないだろうけどね」
「そうね」
 なんの嫌味もなくそう返した。
 臨也に言われるまで誠二のことなど忘れていた。
 こんなにも帝人に溺れているのだと言ったら帝人はどんな反応を返してくれるだろうか。
「最近波江さん変だね。何かあったの?」
「何もないわ」
 臨也には何も教えてやらない。

 仕事を終えていつもの挨拶をする時に帝人に約束をとりつける。さすがに24日、25日と連続で泊まるのはまずいだろうと24日だけ来てくださいといわれた。断る理由もなく私は頷いた。
作品名:おやすみなさい 作家名:mario