空 宙 烙 華
作戦開始の伝令が聞こえる。
脂汗のかいた手で、操縦手が操縦桿を握る。横の写真には、お守りがひとつ増えていた。心臓の鼓動すら聞こえそうだ。ピリピリとした空気に、神経が研ぎ澄まされた。
空に舞い上がる。海が遠くなる。
戦艦も、空母もだ。その姿は、すぐに海と同化した。
なのに。見上げても、一向に空は近くならなかった。
目的地を周回。周囲を確かめて、投下の瞬間を待つ。
心臓の音がうるさい。口から出てきたみたいだ。
魚雷を投下。着水する。海を纏って真っすぐに走っていく。
人には判別できないその姿を、目を凝らして追う。数秒後に轟音、続いて爆炎が上がった。
黒煙を割って旋回。後部からも、歓声が上がった。
作戦は成功、すみやかに帰投せよ。
雑音混じりの命令を傍受。無線で乗組員告げる。そこでようやく緊張が解けたのだろう。知らず安堵のため息が漏れていた。
期待に応えられた。そう思って、涙すら出てきた。
背中合わせの彼が、新しいお守りに手を伸ばす。
それを涙目で見て、じんわりと心が暖かくなった。
その刹那。
「……ッ!?」
爆発音。
身体が、機体が揺れる。
何かが吹き飛ばされる感覚。
捕らえたのは、落ちていく、自分の左翼だった。
がくん、と。身体が後ろに引っ張られる。思わず、空に手を伸ばした。そこに広がるのは、先の見えない無表情な青だった。青に走った赤は誰の血だろう。何も掴めないまま、手が、空を走った。
そのまま、旋回しながら急降下していく。
耳鳴りがして、ぱりんと硝子の割れる音がした。
飛べない。それどころか身体を安定させることすらできない。
落ちる。瞬時にそう思った。
自分の身体なのに、どう動かせばいいのかも分からない。
落ちる。動かない。怖い。助けて。感情だけが空回りする。
対処の仕方なんて知らない。自分は飛ぶことしか知らない。どうしたらいいのかも分からない。
眼前に海が迫ってくる。
最後に見た時。操縦手は、お守りを握り締めて突っ伏していた。
“飛行機っつーのは、パイロットを生きて陸に帰すまでが仕事だろうが”
“だから、一緒に帰ってこい”
その走馬灯は、大陸に行く前に隼とした約束だ。
髪が伸びて、背も伸びて。ほんの少し見ない間に、たくましくなっていて驚いた。少し前まで、零と比べられることを嫌う子供だったはずなのに。いつの間にか、自分の知らない大人の顔をするようになった。
拳を合わせて、了解の意を伝える。目線を上げなければならなかったのが、悔しかった。
その時に思ったんだ。
嗚呼。
自分はいつまで、隼の兄でいられるんだろう?
今。
自分の目を伝う涙は、何の涙なのだろうか。
守れなくて、ごめん。
目をつぶって、衝撃に備えた。
その前後のことは、もうよく覚えていない。
海面に突き刺さる衝撃に、意識は深い闇に落ちていた。