空 宙 烙 華
汽笛の音。見送る人。
陸を離れる。岸壁で、声高らかに軍帽を振られた。
それに、敬礼で応えた。
たとえば。
あの空の向こうは、どんな世界が広がっているんだろうか。
どこまで行ったら
答えは出るんだろう。
いつになったら
答えは出るんだろう。
あの青い空の向こうは。
いま僕が見てるとおり。
やっぱり綺麗な青なんだろうか?
豊の海原を、艦隊は一団を配して進む。
遠ざかる煙突。
青に向かって立ち上る煙は、しばらく経ったら消えていた。
頭を振る。縁起でもない。嫌な想像は自分をだめにする。そう思うのに、ふとした瞬間に弱さは自分を苛んだ。
努力しても、努力しても、何をしても。人が与える、自分への絶対の評価が恐かった。
「…ん、」
ふと軍服を引っ張られる。視線を向けると、隣に零が立っていた。
「…心配してくれるの?」
一度だけ視線を向けると、彼はまた進路に視線を戻した。
肯定も否定もない。曖昧な言葉もない。それが、今の自分には返って心地よかった。
「…ありがと」
足手まといにはならないから。
そう言ったら、もう一度零が振り返った。それ以上もそれ以下もないけれど、彼はその場から動くこともなかった。
たぶん。
言葉より、態度のほうが気持ちを雄弁に語るときもある。
気遣いとか迷いとか偽善とか嫉みとか。余計な言葉に惑わされたり、深読みしなくていい分、零の態度は信頼できる気がした。
羅針盤の先。水平線の向こう。目的の地。
まだ見えるはずもないのに、零の目は、一点をとらえていた。
まるで、もう何かが見ているかのようだった。
昔から、思っていたことがある。
零は「喋れない」から喋らないのではなく。意図的に「喋らない」ようにしたのではないか。と。
「……」
「……、」
記憶を辿る限り。一度も、零の声を聞いたことはなかった。けれど今思えばなんとなく、あの時の零には、声があったような気がした。
大陸から戻ってきた時には、もう零は喋っていなかった。
他の人に聞くと「喋れない」と答えるのに。ただ一人九九だけは、苦い顔で「喋らない」と答えた。
それを不思議に思ったのに、それ以上聞くことはできなかった。
潮風が、頬を通り過ぎる。
空を見上げた。
陸地からはずいぶん離れたけれど、空はいつも通りの青だった。
本当は、ただ会いたかっただけだ。
弟に、みっともない姿は見せれない。
そう思うから。顔を見るだけで、頑張ろうと思えた。
いつだって、自分のためにだ。
(見てるかな…)
同じ空を。
前方では、九九が翔鶴に絡んでいる。何か愚痴をこぼしているようだが、勢い余って暴れるのは勘弁してほしい。自分は艦上機の中で一番重いのだ。海に振り落とされたら、たまったものじゃない。
「…あ、」
赤城さんが助けに入る。なだめられる九九と、赤城さんの背に隠れる翔鶴と。その姿は、なんとなく人間の家族のようだった。
微笑ましい。と、自分の存在に似付かわしくないことを思った。
「なんかいいね。ああいうの」
呟いた。その言葉に、嘘偽りはない。
たぶんずっと前から。自分は、家族に憧れていたんだと思う。
自分達兵器には、血の繋がりなんてないから。勝手に隼を弟にして、自分を兄にして。独りじゃないと思いたかった。
その言葉に、零が視線を向ける。
何か反応が貰えるかと期待したけど。やっぱり、肯定も否定もなかった。