視線
わずかに甘さを残した目が、頬が、唇が、大切な宝物を隠そうと躍起になっている。その想いが誰のものなのか紅は知っていたので、また痛みを感じながらそれでも彼を見つめていた。視線を離した途端に彼は自分の手からすり抜け、兄の所へ行ってしまうからだ。目には見えなくても、彼の心はいつも兄のものだった。
それを今一時は自分が掴んでいるのだと紅が知ったのは、彼が顔をそむけてしまってからだ。白く滑らかな目元が薄紅色に染まり、眉を寄せつつも美しく微笑む。
「あまり…見つめないでください」
今度こそ本当に、どうかなってしまうのではないかと紅は思った。
月の光が明るい夜に出会う彼が、自分をこんな気持ちにさせる。けれど人口の照明の下でも、複雑に反射して輝く彼は綺麗だった。もうどうかなってしまえばいいという真摯な訴えを、紅は胸の奥にしまっていたが、時おりそれは溢れ出して止まらなくなる。雷はそれを感じ、頬を染めて目を細めたのだ。
だが、彼の心は、常に自分のものでは有り得なかった。
最愛の兄が現れた瞬間から彼は、今まさに世界が始まったかのような歓びの声を上げて、駆け寄る。その名を呼んで、その腕を取り、その目を見つめて、仕草の端々から愛を語る。刃は他の兄弟がいる前では決して特別に雷を甘やかそうとしないので、そっけなく腕をほどき彼をたしなめるが、その指先が今にも彼の髪を絡めそうな気がして、紅は見ていられなかった。
兄が呼びかけ共に行くよう促す。紅は重い腰を上げて、面倒くさそうにその言葉に従った。
光はどこから来るのだろう。眩しさに目を細めると、どうして切なげな顔になるんだろう。マスターの笑顔が時おり泣きそうなものに見えるのは何故だろう。自分も今そんな顔をしているのだろうか。