冷たい手
力を込めすぎないように、けれども逃げられないように、背後から抱き締めたまま囁く。
けれども相手の表情を見る勇気は静雄にはなく、細い肩に額を押し付けたまま囁き続ける。
「お前のことが好きなんだ。信じて貰えねえかもしれねえけど……。俺が嫌だったのはくだらねえことをやらかす腐った野郎共だけで、奴らが入っていたダラーズも、それを作った人間も、これっぽっちも悪くなかったってことに、頭に血ィ上ってたあのときにはまったく気付けなかったんだ……」
唯の言い訳だ。女々しいことこの上ない。
こんなことを訴えたところで、相手に失望され、幻滅されるだけだとわかっていても、言わずにはいられなかった。
いやむしろ、失望されることも幻滅されることも望むところだった。自分の言葉が少年に届くのならば、それで充分だった。
けれども、静雄のそんな絶望的な望みすら、もう叶わない。
「だから、お前が嫌になったから避けていた訳じゃねえんだ。お前がどうだとかいうんじゃなくて、俺が……いや、そうだ、俺が悪い。俺が悪かったから……帝人……」
「……手を、洗わないと……」
再び立ち上がろうとする小柄な身体を押さえ込む。
潔癖で理想主義的なところのある少年は、自分のしていることを赦せずに、静かに静かに壊れていった。
その原因のひとつは、間違いなく静雄にあった。静雄の否定した、同じ空気を吸うことすら忌避する存在に自分もなったのだと、そんな想いが余計少年を追い詰めたのだ。
それなのに、追い詰めた当人がその事実に気付きもせずに、距離を取ったことで安心してしまっていた。
離れたことによって余計に追い詰める結果となったなんて、想像することすらしなかった。
「お前が手を汚すことなんてねえんだ。こんなちっせえ手ェ……こんな怪我までして……。俺が、やってやる。粛清でも闇討ちでももっと汚ェことでもなんでも、俺がやってやるから……ダラーズにも戻るから……だからなぁ、帝人……」
赦してくれとは言えない。そんな権利はとっくに失くしている。
以前のように話し掛けてくれとも笑い掛けてくれとも言えない。それどころか自分を見てくれとすら言えない。怖くて、言うことができない。
けれどもせめて。
「……これ以上、傷つくなよ……」
守らせて欲しい。
償わせて欲しい。
赦されることはなくても。
これ以上、大切なひとが傷つく様を見過ごすことは、耐えられない。
静雄の呟きは、密着していながら遥か遠くに居る少年に届くことはなく、冷たい部屋の中で立ち消えて終わった。