プリムローズ
万事がこの調子。これではハンガリーさんが怒ってまともに相手をしないのも当然です。
そんなやりとりが、かれこれ何十年にもわたって、繰り返されているのです。
でも……実を言うと正直、普通の女の人なら、ここまで殴られ無視され叩き出されてなお、めげずに贈り物を持って会いにくる男の気持ちくらい、そろそろ察してくれそうなものです。
――が、残念ながら相手はハンガリーさんなんです。
ものすごくめちゃくちゃ素直なハンガリーさんなんです。
たとえばオーストリアさんが話のついでにポロリと
「最近国境に盗賊が出るようで困りますね。貴方もくれぐれもご注意なさい」
と言えば、次の日には遠く離れた国境からボコボコの簀巻きにした盗賊たちを引き立ててきてわざわざ宮殿の正面玄関で這いつくばらせ土下座させるハンガリーさんなんです。
(ちなみにオーストリアさんはドン引きしてました)
ハンガリーさんお手製のワイルドな遊牧民系肉煮込み料理を一口たべたオーストリアさんが
「変わった味ですが意外に良いですね(経済的な意味で)」
と誉めたら次の日には、満面の笑みで大鍋に三杯の肉煮込みを食堂のテーブルに用意するハンガリーさんなんです。
(オーストリアさんは責任とって潔く全部食べてましたが、さすがに3日目くらいから顔色が青白くなってました)
そんな素直でまっすぐなハンガリーさんですから、いつだってプロイセンの暴言をどストレートに受け取ってしまいます。
一度だけハンガリーさんがこんなことを言うのを聞きました。
「ギルベルト(プロイセンの『名前』です。僕たちはよほど仲良しじゃないと普通『名前』では呼びあいません)ね、もちろん昔から変なやつだったけど…子どもの頃は、けっこう仲良かったの。素直じゃないけど根は優しい奴でね。……なんでかなあ、いつの間にかこんな風に変に避けられたり、嫌がらせされるようになっちゃったけど」
そう言ってハンガリーさんは、今まで見たことないくらい寂しそうに、笑ったのです。
「…たぶん『私』が、変わっちゃったせいなんだろうね――きっと。うん、私の責任なんだけど。…でも、幼なじみにまで距離置かれるって、なんだか特別にきついわね」