プリムローズ
「あのよー…イタリアちゃんとのランデブーはいつでも大歓迎なんだけどよ、俺様、ちょっと用事が………じつは今回、なにも思いつかなくて、その…、街に出て、探さねーと…」
「いいから黙ってついてきて!」
ソワソワ落ち着かないプロイセンを引っ張って、僕は春まだ浅い小高い丘を登ります。
最初は煮え切らなかった彼もとうとう諦めたらしく、途中からは僕を抱っこして歩いてくれました。つくづく子供に弱い人です。……本当は僕の方がはるかに年上なんですけどね。
かなりの急斜面を越え林を抜けると、そこは一面の桃色、白、紫色。 街の近くには珍しい、自然のままの姿の花畑。
「見て!綺麗でしょう」
「……」
みいられたように立ち尽くすプロイセンを振り返り、僕は無邪気に笑ってみせます。
「あのね、この花がね、大好きなんだって」
意地っ張りの彼相手なので、僕はあえて『誰が』とは言いませんでしたが。
「……知ってる」
意外にもプロイセンは少しだけ泣きそうに目元に皺をよせて、かすかに頷きました。
風に揺れる花を一本、心の中で(ごめんね)とつぶやきながらつんで、僕はプロイセンにさし出します。
春浅いこの時期に真っ先に咲くこの花の花言葉は『幼い恋』。…だからきっと、こんな風につんでも許してくれるんじゃないかと思います。
「これなら、受け取ってくれるよきっと」
答えるように一陣の風がふいて花びらをいっせいに揺らし、プロイセンはみるみる耳まで赤くなります。
「やー…でも、は、花とか、さー…なんつーかちょっと微妙に、ほ、本気、っぽくね?なんか金で買えねえぶん『真心です』感が強すぎるって言うか、その、ぶっちゃけこれで断られたら俺様立ち直る自信が…いやいや別にあんな女、特に好きとかそういう訳じゃねえし、おおお俺様は、ただ、単に、あいつがあんまり惨めで貧乏ったらしいから、ほっ、施しを、だな…」
「あのねプロイセン」
僕はニコニコしながら言います。
「そんなヘタレたこと言ってるからいつまでたっても駄目なんだよ」
「……う」
「あー天気がよくていい気もち。僕ちょっとシエスタするね、おやすみプロイセン!」
絶句した彼に背をむけ僕は花畑にころんと横になります。
目を閉じて草の匂いを吸い込みながら僕は、意を決したプロイセンが、まるで戦争に行くときのような勢いで、花畑に踏み込んでいく足音を聞いていました。