入院いちのせのに
土門×一之瀬。
絡みは有りませんがBL表現を含んでおりますのでお気を付けて。
一之瀬の手術は無事成功した。
口にはしなくても、誰もが「もし」という不安を抱いていなかった訳ではないので、一時は恨んだりもした神様なんてのに勝手なものだが感謝せずにはいられなかった。
これから、また以前のようにサッカーが出来るようになるかは本人次第ということだけれど、一之瀬なら大丈夫だと信じている。
多少…無茶をし過ぎるくらいで相変わらず心配の種は尽きないが、出来る限り力になってやりたいと思う。
一之瀬が、もう一人で悩んだり苦しんだりしなければいい。
今度は傍にいてやれる。
それに、今は。一之瀬は土門の恋人なのだから。
―――…なんだよ、なァ。
ベッドサイドのパイプイスに深く腰掛けた土門は、顔を上げて視線を彷徨わせる。
「あ、そう言えば。来週からリハビリに入るって言われたんだ」
その視線の先、土門の持ってきたリンゴ(剥いてやったのも勿論土門だ)を齧りながら思い出したように一之瀬が言った。
「そうか、そりゃ良かったな」
皿の上のリンゴに手を伸ばしてそう返した言葉は本心だったから、声色こそ明るかったものの、予定より少し早いのではないかと考える。大方少しも大人しくしていない患者に手を焼いて好き勝手させるよりはマシだという判断なのだろうと土門は心の片隅でドクターに同情した。
しかし、事実一之瀬の回復は通常よりもずっと早く目を見張るものがあるらしい。
あの大きな事故で再起不能と言われた状態からも立ち直ったくらいだ。昔も今も、身体的なものだけでなく気力というのか精神力というか…本当に『不死鳥(フェニックス)』の名にふさわしい一之瀬の力には土門も素直に感心する。
自分よりずっと小柄なこの体のどこにそんな力が隠されているのだろうかと、ぼんやり眺める土門の顔をふいに一之瀬が覗き込んできた。
「土門…聞いてる?」
「…あ、あぁ…良かったな」
急に覗き込まれ近付いた顔に我に返って、手にしていたリンゴを口に放り込みながら咄嗟に答えると、それさっき言った、と一之瀬が笑って肩を竦めた。
「それでさ。ついでに、いつになったらセックスしていいかって聞いたんだけど」
「……ぶっ……は、ハァ?」
思わず食べかけのリンゴを喉に詰まらせそうになりゲホッっと咽せた土門が涙目で顔を上げるのに気にすることなく一之瀬は続ける。
「まだ当分駄目だって言われた…」
盛大にため息をついてベッドに沈み込む様子は本気でがっかりしているようで、どうやら土門をからかっているわけでもジョークを言ったわけでもないらしい。
聞いた、というのも本当なのだろうと思えば、いくらなんでもそこまで話してはいないだろうが…なんとなくいたたまれない。
「…お前……なんで、また……サッカーじゃなくて…」
セックスなのか、とはっきりその言葉を言えず口篭もって誤魔化すと一之瀬が枕から顔を上げる。
「サッカーはそんなすぐには無理だよ!」
何を言ってるのかとばかりに目を丸くした一之瀬にハハハと笑い飛ばされて、「セックスも無理ですよ…」と今度はきっぱりと、苦笑して返すしかなかった。
「でも、オレは土門とまたしたい」
「……」
はっきりとそう告げる一之瀬の声がもう笑っていなくて、思いのほか真剣だったので、土門も一瞬固まった後に動揺する頭で言葉の意味を反芻しながら一之瀬に視線を向ける。
一之瀬が、こんなことを言い出すとは思わなかった。
何と返したらいいのかわからず曖昧な笑みを浮かべて、そうか…なんて間の抜けた呟きを漏らすと、一之瀬はそんな無意識の反応にもウンとやっぱり真顔で頷いた。
仮にも恋人にそんな風に思われていると知って、土門としても悪い気がするはずはないのだが。
正直……うまくいったとは言い難いハジメテの時のことを思い出すと、嬉しいよりも不思議な気持ちの方が先に立って表情はますますフクザツになってしまう。
一之瀬が手術の為にアメリカに帰国して入院をする前に、初めて二人は体を重ねた。
今になって思えば、随分無茶をしたものだと人ごとのように呆れて乾いた笑いしか出てこない。
あの時は色々あって、まぁ…雰囲気に飲まれたというか情に流されてしまったというか…最初に誘ったのは一之瀬の方だったけれども、土門も一之瀬のせいばかりにするつもりはない。
お互い酷く感傷的な気分になっていたのは否めないが、あの状況で真っ直ぐに求められて、そんな雰囲気になってしまって、我慢出来るほど二人とも大人ではなかった。
結果的に―――大変、盛り上がってしまった。思い出すのも恥ずかしいくらいには。
忘れられない夜になった。と、同時にそれは残念ながら綺麗な記憶だけでもなかった。
同性を好きになり想いが通じ合った時点で全くその方面の知識が無かったというわけではないけれど、何の準備もなく勢いでそうなってしまって、気持ちばかりが盛り上がっても経験の無い者同士でそんなにスマートにコトが運ぶはずがないのが現実で。とにかく手探りで、夢中だった記憶しかない。
手術を控えているような一之瀬の体を気にしてやれたのだってほんの最初だけだ。
案の定、翌日一之瀬が体調を崩してしまうという事態に陥ったせいで土門は激しく落ち込んで、さすがの一之瀬もそんな土門に気を遣う余裕もなく…いわゆる「初体験」は甘いような苦いような、男としては少々不甲斐ない結果に終わった。
絡みは有りませんがBL表現を含んでおりますのでお気を付けて。
一之瀬の手術は無事成功した。
口にはしなくても、誰もが「もし」という不安を抱いていなかった訳ではないので、一時は恨んだりもした神様なんてのに勝手なものだが感謝せずにはいられなかった。
これから、また以前のようにサッカーが出来るようになるかは本人次第ということだけれど、一之瀬なら大丈夫だと信じている。
多少…無茶をし過ぎるくらいで相変わらず心配の種は尽きないが、出来る限り力になってやりたいと思う。
一之瀬が、もう一人で悩んだり苦しんだりしなければいい。
今度は傍にいてやれる。
それに、今は。一之瀬は土門の恋人なのだから。
―――…なんだよ、なァ。
ベッドサイドのパイプイスに深く腰掛けた土門は、顔を上げて視線を彷徨わせる。
「あ、そう言えば。来週からリハビリに入るって言われたんだ」
その視線の先、土門の持ってきたリンゴ(剥いてやったのも勿論土門だ)を齧りながら思い出したように一之瀬が言った。
「そうか、そりゃ良かったな」
皿の上のリンゴに手を伸ばしてそう返した言葉は本心だったから、声色こそ明るかったものの、予定より少し早いのではないかと考える。大方少しも大人しくしていない患者に手を焼いて好き勝手させるよりはマシだという判断なのだろうと土門は心の片隅でドクターに同情した。
しかし、事実一之瀬の回復は通常よりもずっと早く目を見張るものがあるらしい。
あの大きな事故で再起不能と言われた状態からも立ち直ったくらいだ。昔も今も、身体的なものだけでなく気力というのか精神力というか…本当に『不死鳥(フェニックス)』の名にふさわしい一之瀬の力には土門も素直に感心する。
自分よりずっと小柄なこの体のどこにそんな力が隠されているのだろうかと、ぼんやり眺める土門の顔をふいに一之瀬が覗き込んできた。
「土門…聞いてる?」
「…あ、あぁ…良かったな」
急に覗き込まれ近付いた顔に我に返って、手にしていたリンゴを口に放り込みながら咄嗟に答えると、それさっき言った、と一之瀬が笑って肩を竦めた。
「それでさ。ついでに、いつになったらセックスしていいかって聞いたんだけど」
「……ぶっ……は、ハァ?」
思わず食べかけのリンゴを喉に詰まらせそうになりゲホッっと咽せた土門が涙目で顔を上げるのに気にすることなく一之瀬は続ける。
「まだ当分駄目だって言われた…」
盛大にため息をついてベッドに沈み込む様子は本気でがっかりしているようで、どうやら土門をからかっているわけでもジョークを言ったわけでもないらしい。
聞いた、というのも本当なのだろうと思えば、いくらなんでもそこまで話してはいないだろうが…なんとなくいたたまれない。
「…お前……なんで、また……サッカーじゃなくて…」
セックスなのか、とはっきりその言葉を言えず口篭もって誤魔化すと一之瀬が枕から顔を上げる。
「サッカーはそんなすぐには無理だよ!」
何を言ってるのかとばかりに目を丸くした一之瀬にハハハと笑い飛ばされて、「セックスも無理ですよ…」と今度はきっぱりと、苦笑して返すしかなかった。
「でも、オレは土門とまたしたい」
「……」
はっきりとそう告げる一之瀬の声がもう笑っていなくて、思いのほか真剣だったので、土門も一瞬固まった後に動揺する頭で言葉の意味を反芻しながら一之瀬に視線を向ける。
一之瀬が、こんなことを言い出すとは思わなかった。
何と返したらいいのかわからず曖昧な笑みを浮かべて、そうか…なんて間の抜けた呟きを漏らすと、一之瀬はそんな無意識の反応にもウンとやっぱり真顔で頷いた。
仮にも恋人にそんな風に思われていると知って、土門としても悪い気がするはずはないのだが。
正直……うまくいったとは言い難いハジメテの時のことを思い出すと、嬉しいよりも不思議な気持ちの方が先に立って表情はますますフクザツになってしまう。
一之瀬が手術の為にアメリカに帰国して入院をする前に、初めて二人は体を重ねた。
今になって思えば、随分無茶をしたものだと人ごとのように呆れて乾いた笑いしか出てこない。
あの時は色々あって、まぁ…雰囲気に飲まれたというか情に流されてしまったというか…最初に誘ったのは一之瀬の方だったけれども、土門も一之瀬のせいばかりにするつもりはない。
お互い酷く感傷的な気分になっていたのは否めないが、あの状況で真っ直ぐに求められて、そんな雰囲気になってしまって、我慢出来るほど二人とも大人ではなかった。
結果的に―――大変、盛り上がってしまった。思い出すのも恥ずかしいくらいには。
忘れられない夜になった。と、同時にそれは残念ながら綺麗な記憶だけでもなかった。
同性を好きになり想いが通じ合った時点で全くその方面の知識が無かったというわけではないけれど、何の準備もなく勢いでそうなってしまって、気持ちばかりが盛り上がっても経験の無い者同士でそんなにスマートにコトが運ぶはずがないのが現実で。とにかく手探りで、夢中だった記憶しかない。
手術を控えているような一之瀬の体を気にしてやれたのだってほんの最初だけだ。
案の定、翌日一之瀬が体調を崩してしまうという事態に陥ったせいで土門は激しく落ち込んで、さすがの一之瀬もそんな土門に気を遣う余裕もなく…いわゆる「初体験」は甘いような苦いような、男としては少々不甲斐ない結果に終わった。