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拾参詣小咄

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───春、嵐山。
 旧暦三月十三日。勿忘草の花の露で一面を塗り拡げたように雲ひとつない蒼天の下、梵天丸と側仕えの小十郎は、桂川に掛かる渡月橋の中ほど辺りを歩んでいた。

 満開を少し過ぎた散り際の櫻花が、嵐山の山巒の濃緑に優しい花陰を彩り、生い茂った若い枝葉が青々と四方へ拡がっている。

 隣を歩く梵天丸に歩幅を合わせ、形の良い旋毛(つむじ)の天辺を見降ろす小十郎の足取りは弾むように軽い。この橋を渡り切った先、嵯峨の虚空蔵さんへ十三参りに参詣する道行きであった。小十郎が幼少より奉公に勤める伊達家においては、元服の儀に合わせ、嫡子が齢十三を迎えるよりも前に、参詣するのが慣わしとなっていた。

 梵天丸も例外ではなく、小十郎に手をひかれる横顔は、十一歳になったばかりのあどけなさで、いつにも増して不安げな面持ちを浮かべているようであった。

「誠に麗しい桜でございますなぁ」

 小十郎は独り言のように、あるいは梵天丸に問いかけるようにして、明るい声音で機嫌良く笑った。主(あるじ)が元服し、大人の仲間入りを迎える佳き日である。黙っていても自然と頬はほころび、日頃は深く皺寄せられているばかりの眉宇も今日ばかりは晴れやかであった。

 せめてもの餞の足しにと、箪笥の奥に仕舞い込んでいた父の形見の紋付に袖を通し、梵天丸と揃いの袴は生地から選んで誂えさせた。香油で軽く撫でつけた鬢が、形の良い額に薄く降りている。ほのぼのと暖かい陽差しであった。

 時折り擦れ違う艶やかな振袖や羽織袴で着飾った子供らは、銘々が満面の笑みを浮かべ、あるいは何処か緊張した面持ちであったりと、付き添いと思しき親と連れ立って、賑やかに橋の上を往来していた。

 そういった子供等と擦れ違う度に梵天丸がふいと顔を上げ、そちらへじっと視線を送っているのは些か気になった小十郎であったが、このところ邸に篭もりきりであった梵天丸を外に連れ出し、町を見聞させてやりたいという想いも少なからずあった。

「飴さん要らんかねえ」

 渡月橋の袂には出店や茶屋が軒を連ね、参拝客を呼び込もうと威勢の良い声が飛び交っていた。普段は、ひっそりと静かな佇まいを見せている法輪寺も、この時期ばかりは老若男女で賑わうのだ。こと十三参りは、法輪寺の縁日に合わせて催されるため、こうした出店や茶屋で菓子を求めることも、子供達の楽しみの一つとなっているのであった。

「梵天丸様、帰りに飴さん買うていきましょうか」

「……………………」

 小十郎が呼びかけると、梵天丸はひととき茶屋の方へ視線を投げて寄越したが、あとはまたむっつりと黙り込んでしまう。

( 梵天丸様がこのように成られて二年、一体どうしたものか…… )

 心痛な面持ちを気取られぬよう、小十郎は胸の内で思案を巡らせていた。元来は快活で、よく笑い、よく喋る子供であった。その梵天丸が陰鬱に塞ぎ込むようになってしまったのは、疱瘡に罹り右眼の視力を失ったばかりか、顔の半分を痘痕ですっかり覆われてしまったからに他ならない。

 眼窩に効くという特別な薬を取り寄せたり、高名な僧を呼んで祈祷をさせたりという甲斐も空しく、病がハレても梵天丸の視力が戻ることは無かった。幼さと相反した、顔の半分近くを包帯に覆われている面立ちは、見るに慣れるということもなく痛々しい。

 梵天丸に最も必要なことは、本来の天真爛漫さを一日も早く取り戻すことであると小十郎は信じて疑わない。失われた右眼を嘆くのではなく、残った左眼で広い世間を見つめて欲しい。そう思いながらも、己の力では如何にも叶わぬ不甲斐のなさが、小十郎にはもどかしかった。

 主の眼となり手足となり、一生お側に仕える覚悟なら、とうに出来ている。いまだ心を赦さぬ梵天丸に、そのことを伝える為には一体どうしたものかと、小十郎は長いこと悩みあぐねていたのであった。

( たったお独りで闇にうずくまって居られては、どんなに寒かろう……どんなにお辛かろう…… )

 暗い光を沈ませた幼い隻眼を見やる時、小十郎は己の胸を貫かれるよりも、いたたまれぬ想いに責め苛まれるのであった。

「梵天丸様、あちらでござりまするぞ」

 小十郎が右手で差し示した鳥居の先に、狭く長い石段が続いていた。渡月橋から二町(200メートル)ほど南に位置する法輪寺の石段の脇には、丑寅の石像が置かれていた。

 十三参りの参拝時には、先ず初めに文字の奉納をするのが慣わしであった。半紙に認めた漢字一文字を虚空蔵菩薩に供え、御祈祷を受け、それを奉納するのである。

 奉納する文字はどのようなものでも良いのだが、一般的には「命」や「心」、女児であれば「美」や「雅」などといった字を選ぶのが常であった。小十郎が幼い時分、同じように十三参りへ詣でた際には、儒学書にあやかり「仁」という文字を奉納した。梵天丸が何と書くのか気にはなっていたが、小十郎は敢えて触れずにおいた。

 文字の奉納を終え、御守りと箸を受け取り、二人が法輪寺を出る頃には陽も高く、午ノ刻となっていた。遠く山際の桜の薄紅と、空の蒼とが淡く溶け合い、目に映る景色のすべてが清かな美しさに彩られていた。肩を並べて歩く梵天丸は相変わらず無言ではあったが、虚空蔵菩薩の霊験に叡智を授かった所為か、その眼差しには以前の凛々しさがほんの少し垣間見えるように感じられた。



 夕刻、親類が一堂に介した大広間で、梵天丸の元服の儀が執り行われた。

「お祖父様、父上様、母上様、今日まで育てて下さったことに深く感謝致します」

 畳に両手を揃えた梵天丸は、祖父と両親の前に法輪寺の御守を差し出すと、感謝の挨拶を粛々と述べた。祖父の晴宗も、今日ばかりはこれ以上ないほど喜びに満ちた表情をしていた。

「今日より、政宗と名を改めるように」

 年輪の刻まれた眦に薄っすらと涙を浮かべ、晴宗が穏やかに告げると、梵天丸は「はい」と答えて深々と叩頭した。梵天丸のすぐ後ろに端座をしていた小十郎も、引き締まる想いで見守った。

 元服の儀が一通り済むと、法輪寺で祈祷を受けた箸を配り、下働きの者達も一堂に揃って供物を頂き、梵天丸の成長を共に祝った。まだまだ衣装に着られている感はあったが、祖父の代からのお下がりである羽織袴に身を包んだ梵天丸の姿を見て涙する者もあり、啜り泣く声が此処其処に響いた。
 二年前、突然に疱瘡を患い、生死の境を彷徨ったことを思えば、こうして無事に元服の儀を迎えた今宵の梵天丸は、まさに晴れの姿であった。




「今日まで過ごして来られたのも小十郎、お前のお陰だ。ありがとう……」

 夕餉の後、梵天丸の寝所で寝衣に着替えさせ、いつものように寝かしつけようとした時であった。二人きりになった梵天丸が、やおら小十郎の向かいに真白い膝を正して告げた。

 突然の主の言葉に、小十郎は我が目を見開き驚いたが、梵天丸の隻眼には聡げな眼差しが宿っていた。おおよそ二年振りとも言うべき主の声音は、幼いながらも力強ささえ感じられるものであった。

「いえ、私はただ、お側に添うて居ただけ……」

 小十郎は思わず声を詰まらせ、あとは言葉にならなかった。
作品名:拾参詣小咄 作家名:pepe