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拾参詣小咄

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「疱瘡が伝染るからと離室に移された俺を皆が避けた時、小十郎。お前は付きっきりで看病をしてくれた。母上にすら疎まれたこの痘痕さえ、嫌な顔ひとつせず毎日薬を塗り、緬帯を変え、励まし続けてくれた。誰からも見棄てられたと思い込み、嘆いてばかりいた俺にとって、小十郎……お前だけが、たった一つの希望だったのだ」

「梵天丸様……」

 目の前で微笑む主の膝に縋りつき、小十郎は思い切り声を上げ、泣き叫んでしまいたい衝動にかられた。
 独り殻に閉じこもっているだけと思っていた梵天丸は、本当はそうではなかったのだ。繰り返す激痛と絶望に耐えながら、たった独りで、もがき苦しんでいた。深い闇の底から這い上がろうと、必死に喘いでいたのであった。そのことに気づいてやれなかった不甲斐なさを悔い、主を救ってやりたいなどと驕っていた己の高慢さを思い知らされ、小十郎は、胸の真芯に楔を打たれたような衝撃が全身を駈け巡るのを感じていた。

「小十郎。奉納した文字、なんと書いたか知りたいだろう、」

 昼間、気になっていたことを梵天丸に訊かれ、小十郎は火照った瞼を拭いながら大きく頷いた。

「けい、だ」

 梵天丸の答えにも咄嗟に文字が浮かばず、小十郎は首を捻った。

「どのような字でございますか?」

 訊き返すと、梵天丸は文机の抽斗から硯と筆を取り出し、慣れた手つきで半紙にさらさらと認め始めた。目前に差し出された達筆な字づらを見やり、小十郎は、何度も眼を瞬かせた。

「景…………」

「ああ、夕べ一睡もせずに考えた。小十郎、お前の字だよ」

 穏やかに、そして自信に満ち溢れた声で告げる梵天丸の顔と、半紙に書かれた美しい文字が次第に歪みを帯びてゆく。小十郎の名は通称、本名は景綱であった。

「俺は片端の上に、独りでは何も出来ぬ幼い子供だ。これからも側にいて、俺の支えとなって欲しい。小十郎、俺はお前と一緒に生きて行きたい」

「梵天丸様……いえ、政宗様…………この小十郎、貴方様の右眼となり手足となり、生涯を共に過ごす覚悟ならば、とうに出来ておりまする…………」

 いつの日か、来たるべき時に告げようと思い続けていた言葉を、小十郎は力強い口調で言い放った。幼い主の笑顔が、永遠にも感じられた二年という長い月日に、小十郎の胸裏で暗く蟠っていた靄を、一瞬にして晴れ渡らせた。
 抑え切れぬ情熱が頬を伝い、握り締めた膝上の拳に次々に滴り落ちていった。これ以上ない、至極の喜びであった。

「そっ、それだけじゃないぞ、他にも景雲とか……いろいろと意味はあるんだからなっ」

 ぷいと顔を背け真っ赤になった幼顔に、小十郎は泣き笑いを返した。景雲とは、喜ばしいこと、目出度いことなどの意味である。

「あなた様は、奥州御名家の血を受け継いでおられる由緒正しき伊達家の御嫡子……御先祖様に愧じぬ立派な跡取りとなられますよう、この小十郎が全身全霊を賭けてこれからもお守り致しまする……」

 胸に留め続けて来た想いを小十郎がはっきりと告げると、政宗は、澄んだ瞳を手向け、にっこりと頷いた。





「小十郎、どうした……何を見ている、」

 ふと、主に呼び止められ小十郎は声のする方向へと振り仰いだ。それまで真逆の場所へと向けられていた視線は、隻眼のそれに容易に絡め取られた。紺地の絣の袂から伸ばされた腕へ、請われた手元の帳簿を渡した。

「政宗様の十三参りを、懐かしゅう想い起こしておりました」

 店の前を賑やかに往来する振袖姿の子供らの声が、ゆるく通り過ぎていった。
 亡父の跡を継いだ政宗の右眼となり、奉公に勤め、あっという間に過ぎた八年であった。こうして周りの情景に目を止めることすら、随分と久し振りのように思われた。

「あの時わずか十一だった政宗様も今年で十九……月日が経つのは本当に早いものですな」

「ああ、お陰で肩車もして貰えねぇ年頃になっちまったぜ……」

「御所望であれば、小十郎がいつでも致しまするぞ」

「いや、俺がお前を担ぐ方がきっと早いぜ、」

「それは……尤もでござりまするな」

 互いに顔を見合わせ、意味深に笑った。

「明日、法輪寺に詣でるか……」

 帳簿を二三丁めくりかえしていた政宗が、思い出したように呟いた。真白い緬帯に覆われた横顔が、春惜しみ月の傾きかけた夕景に、花陰をさしたように色濃く染められてゆく。

「そのように手配致しましょう」

 小十郎は、その奥にある見まほしい隻眼を想い、主の下知に追従した。





(了)
作品名:拾参詣小咄 作家名:pepe