アムネジア
士郎が観たものは恐らく。英雄となったエミヤシロウの記憶と、現在の士郎の記憶と、己の願望が混ざり合って映し出された予想図のようなものだろう。
そう。エミヤシロウが世界との契約を結んだあの瞬間を。この手でそれを阻む事があるならば、と幾度となく夢想した、オレの未来視だ。
同一の根源とは言え、自分と彼が同一の歴史を重ねるとは限らない。しかし可能性は皆無ではない。その不安要素は常に心の何処かに燻り続けていた。それは自分だけのことだと思っていたのだが───
「抜かったな。オレが想像出来ることであれば、それはお前も同じことだった」
湿る額を肩に預け眠る少年を起こさぬように、独り言のように呟いた。
心が通じ合うのは悦びもあるが、こうした副作用も生じることを肝に銘じた。
悲しませたくはない。泣き顔などは、見たくない。それでも、この望みは深く魂に焼き付いてしまって消える事はない。
こうして身と心を合わせてしまった以上、どうにもならない矛盾に煩悶を続ける。
こんなものは一人で背負えば良かった筈なのに。
「───そんな夢は忘れてしまえ。士郎。それは今のお前が受ける痛みではない」
まじないの様な囁きで、
眠る耳元に振り落とすのは
せめてもの、償いと、
小さな願い。
どうせ、いずれ来るものならば。
今は無責任に忘れておけば良い。
予行練習などしたところで意味がない事ぐらいは───
End.