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『人魚姫は真実の底に沈む』サンプル(R-18抜き)

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1:そして俺はリーダーになった



大量の氷で嵩増しされたサイダーは既に薄く、熱々の鉄板で焼かれたビフテキはその温度を失くし――…その殆どが彼女の胃袋に収まってしまっている。プラスチックのトレイの上で彼女がフォークを弄ぶ音と、那須が口の潰れたストローで氷を掻き回す音とが丁度ぴったり重なった。
「……遅いね」
そこへ被せられたのは、もう一人の少女の溜息にも似た呟き。暇を持て余していた二人は首を縦に振るなどして同調し、まだ来ぬ待ち人を思う。
「今日集まろうって言いだしっぺのクセに……」
餌を溜め込んだリスが如くぷうっと頬を膨らませたのは里中千枝。那須が転校して来て真っ先に声を掛けてくれた少女だ。隣の席に座る、クラスメイトでもある。
「学校で何かあったのかもね。三年生って忙しそうだし」
その千枝を宥めるのは天城雪子。彼女の大親友であり、彼女同様那須のクラスメイトでもあり、連続誘拐事件の被害者でもある雪子は空っぽのアイスのカップにゴミを詰め込みながら言う。話題は勿論、ここにいない彼のことだ。
そういえば昼休み、職員室に立ち寄った際『三年・二者面談~十九日まで』と黒板に書かれていたのを見たが、彼は今日が面談日だったのだろうか。彼はどんな道を選ぶのだろう。知り合ってまだ一ヶ月ではあるが、親しくしてもらっている彼だ。自転車で転倒し、ゴミバケツに突っ込むという忘れ難い出会いで強烈な印象を植え付けた人間だ。純粋な興味からも、後輩が先輩に抱くものとしては相応しくないだろう気遣いの意味でも、その進路が気になった。
同時に、自分も一年後には同じ立場になるのだなとふと思い至って、空席に目を遣る。何とはなしに進学を考えていたが、ここのアルバイトリーダーとしてフロアを駆けずり回り、営業スマイルを忘れずにテキパキと仕事をこなす彼を見ていると、就職しての自立にも憧れる。
何処か危なっかしいが、頼れる。非常に出来た人間だが、放っておけない。
そんな一見矛盾しているかのような二面性を持った人物は、程なくして現れた。派手なオレンジ色のバッグをぶら下げ、息を切らせてやって来た彼は「ワリ、遅くなった!」と椅子に手を付き、頭を下げる。襟元の学年章がキラリと光った。
「もう! 遅いですよ、花村先輩!」
リスはアヒルへと姿を変えて、その唇を尖らせる。恨みがましげな千枝の頭をくしゃりと撫でて、悪い悪いと繰り返す気安さ。頭に置かれた手の大きさや、椅子を引く腕の太さは自分のものと大差なく、身長に至っては幾らか低いと聞いている。ゴミ溜めのカップに気が付くとすかさず、アイス何食ったの、今抹茶が期間限定でオススメなんだけど、と雪子に話を振って、最後にこちらを向いた彼は一歳の年の差を感じさせない笑顔で話す。一つ、大きく息を吸って呼吸を整え、落ち着いた声音で話の口火を切った。
「じゃ、始めようぜ。リーダー。『稲羽市連続誘拐殺人事件特別捜査会議』」
それでも彼、花村陽介はあくまでも自分にとっての先輩で、だからこそ那須は彼にリーダーと呼ばれることの是非について考えてしまうのだった。


§


今那須が身を投じている非日常的な日常は、彼から始まったと言っても過言ではない。
平和だけが取り柄のような田舎町を震撼させた、件の連続誘拐殺人事件は那須がこの町へ来るのと前後して発生した。
とは言え、被害者との接点はないにも等しい那須にとって事件は他人事でしかなく、それこそテレビの中で起こっているかのように現実味のない話だった。それが急に身近な話になったのはマヨナカテレビを視聴して以降のことだ。
千枝に教えられた眉唾物の噂、マヨナカテレビ。『雨の日の午前零時に消えたテレビを見詰めていると、運命の相手の顔が映る』という与太話を試したところ、確かに自分以外の人間の顔が映った上に、テレビの中に腕が吸い込まれるという奇妙な体験をした。その翌日にはテレビの中に落ちてしまい、向こう側の世界を知った。更に翌々日にはマヨナカテレビに映った少女、小西早紀が遺体で発見された。
こうした一連の流れから、テレビの向こう側の世界と早紀の死を結び付けて、事件の真相を暴こうとこちらに協力を求めたのが、他でもない花村陽介だ。
結果として彼の推理は当たっていて、テレビの中の世界と事件の関連性を知った面々――那須率いる『自称特別捜査隊』は第三の被害者である天城雪子の救出に成功。第四の被害は未然に防ぐことこそ出来なかったもののターゲットは予想通りの巽完二で、目下救出作業中である。
気合一閃、立ち込めた熱気を斬り払うように太刀を下ろすと、立ちはだかっていた巨体が頽れる。腕を押さえ、跪いた闘魂のギガスに頭上から『センセイ、いいぞー!』との歓声が湧いた。が。
「くっ!?」
仲間がやられた仕返しか、その後ろから飛び出して来たもう一人のギガスが拳を繰り出す。咄嗟に構えた刀で受け止めた那須だったが、強い衝撃は殺し切れず両の足が地を離れた。浮いた身体は抗う術もなく吹っ飛んで、固い床へと叩き付けられる。
尻餅を付いた那須を見下ろすギガスの双眸が、にやりと弧を描いた。
『あわわわ、セ、センセェーイ!』
「吼えろ、スサノオ!」
慌てるクマ、焦る那須、ほくそ笑むギガス。
そんな緊迫した三者の間に割って入ったのは意思を持って敵へと襲い掛かる、一陣の風だった。激しく吹き荒れる風がギガスの黒々とした肢体を包み、そのまま飲み込んでしまう。あれ程図体の大きかったシャドウは影も形も消えてなくなり、それを風塵へと帰した本人は平然とした面で駆け寄って来る。差し出された手の平の、長い指をまじまじと眺めてから顔を上げると鳶色の瞳に訊ねられた。
「立てるか?」と、後輩の失態をしっかりフォローして、無事と分かれば安堵の笑みを零す。ニカッと見せた白い歯は余裕の表れのようにも思えた。
彼の心の化身であるスサノオは、那須が最初に目覚めたペルソナ・イザナギの息子と言われている神だ。しかしながら、彼の振るう力は親のそれを凌ぎ、シャドウを前にしての立ち回りは冷静沈着と評される自分よりも余程的確で、落ち着いている。『自称特別捜査隊』のリーダーに任命された、那須よりも。
弱っていた最後の一人を千枝が靴底で沈めると、辺りには静寂が戻ってくる。お疲れ、と互いを労う声だけが響いた。
「那須君、大丈夫? 怪我してない?」
ギガスを屠ったその足で駆けて来た千枝に頷いて制服の埃を払う。気恥ずかしさと情けなさに溜息を吐く。
煩いが顔に出たのだろう、どしたの、と首を傾げられた。
「いや……」
ちら、と視線を横に遣れば、少し離れたところで花村が天城に話し掛けていた。会話の断片から察するに戦闘におけるアドバイスをしているようなのだが、それは本来リーダーの役目なのではあるまいか。
卑屈だという自覚はある。けれども正論だと思えてならない疑問を手近にいた彼女にぶつけた。
「どうして、俺がリーダーなんだろう」
言外に、自分よりも適した人材がいるではないかと彼を横目で示すと千枝は、ああ、といった風に瞬きをしてから……納得してから「信頼されてるんだよ」と揶揄したが、だとすれば過大評価と言わざるを得ない。彼の信頼に足る力なんて、自分は持ち合わせてはいないのになんで、
「おい、行くぞー? それとも、そろそろ引き揚げるか?」