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『人魚姫は真実の底に沈む』サンプル(R-18抜き)

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彼は自分に指示を求めるのか。もやもやと燻る感情を押し殺して、そうですねと返した。横に並べば矢張り自分の方が上背があるが、到底届かないものばかりだと痛感させられる。どちらとも取れる返事に惑う彼へもう一言、努めて静かに付け加えた。
「今日のところは戻りましょう」
気分が乗らないから。そんな理由で進退を決める後輩に何故花村は従ってしまう。分かった、とあっさり受け入れる彼に言いようのない苛立ちを覚える。噛み締める。リーダーを名乗るには甚だ力不足な自分への不甲斐なさを、年長者でありながら纏め役を人に押し付けた彼への歯痒さを。
このままでは駄目だ。リーダーたるもの、皆を率いるに相応しい実力と人望がなくてはならない。それらを備えた上で年功序列的にも最上位におり、その上問題解決に向けた強い意志を持った彼こそがリーダーの器と言えよう。覚悟を決めて、解散と共にタイムセールのヘルプに入ろうとした花村を呼び止めた。
どうした? と振り返った目の色は明るく、ネガティブな発言を躊躇わせるものがあったが、喉元でつっかえていた言葉をどうにか声にして伝える。

「俺、リーダーを降りたいんですが」

突然の告白に花村の頬が強張る。無言で瞠目した彼はひどく驚いた様子で那須を見据え、何度となく目を瞬いた。
ぱちぱちと重なる睫毛の音すら聞こえるような近さで、穴が開く程見詰められて、こくりと唾を呑む。唇も乾きそうなプレッシャーだった。
ややあって、花村が第一声を発する。呆然とした表情のまま「えっと……なんで?」と問われて、こちらまでたじろぎそうになるが平静を装って答える。「先輩の方が適任だと思うんです」投げ遣りに聞こえないよう注意して、淡々と告げた。
「確かに俺は皆と違ってペルソナを付け替えられますし、この力に目覚めたのも最初ですが、花村先輩は強いし、戦闘の呑み込みも早かったでしょう。
それに最初は俺でも、花村先輩がペルソナを手に入れたのだって、俺と殆ど同じタイミングだったじゃないですか」
那須の意見を、花村は黙って聞いている。
思い出しているのかも知れなかった。小西早紀の死の手掛かりを求めてテレビの中へと自ら足を踏み入れた日のことを。困難に立ち向かう人格の鎧・ペルソナに覚醒した時のことを。
二人の覚醒は里中や天城のそれとは違っていた。普通の人間はあちらの世界に落ちると、内に秘めた『もう一人の自分』がシャドウとして生まれる。そうして生まれた影達は本体の自己否定を以て凶暴化し、本体を殺してしまうのが常であるが、本体に受け入れられればペルソナへと転じて他のシャドウに対抗する為の切り札となる。里中と天城の二人は、目を背けていた己の影と向き合った上でトモエやコノハナサクヤといったペルソナに目覚めた。
しかし、那須と花村は違う。小西早紀の心が作り出したと見られる空間、異様な商店街を探索中にはぐれシャドウに襲われた。その際、頭に直接響いた声に従ったことでペルソナの召喚を果たした、クマ曰くレアケースだ。
先にイザナギを呼んだのは那須で、その力を以て失言のアブルリーを撃破。対で現れたアブルリーのもう一匹へと照準を移したところ、同様にしてペルソナを得たらしい花村が参戦。『俺だって!』と声を張り上げてスサノオを召喚するや否や、一瞬で葬り去ってしまった。弱点を突いたイザナギのジオでも一発では倒せなかった相手を、である。
それを見届けたクマは興奮頻りで持て囃し、那須が他のペルソナも召喚出来ると知った花村は是非にとリーダーに推したが、このワイルドとかいう資質こそ花村に与えられるべきものだったのではないかと那須は思う。皆にない資質なんかがあるから、能力を超えた役職などを任されるのだ。……と、運命にすら文句を付ける始末の後輩を前に、花村は困り顔で頬を掻く。
「でも、お前は色んなペルソナを使えるだろ」
当惑しながらも反論する彼は、矢張りそれを盾にしてくる。
他の奴らのペルソナとの相性を考えて自身のペルソナを選び、戦術を立てられる、との言い分は尤もで言い負かすには分が悪い。だが、理屈でハイそうですかと納得しているのなら今更不満を訴えたりはしない。遣り場のない感情を奥歯で擂り潰していると、それに、と花村が一つ付け加えた。

「俺がお前の背中見てると、安心すんだ」
「……………………」
「だから、責任逃れのつもりはなかったんだけど……結局、俺の我侭なのかも知れない」

その言葉に、那須は、コンマ以下か数秒、意識が飛んだかのように錯覚した。
頭を打った時と良く似た衝撃に思考回路が停止して、何を言っているのかが理解出来なくて、反芻したならしたでもっと分からなくなって、行動不能に陥る。言葉を失くし、立ち尽くすばかりの那須に花村は尚も言った。「どうしても嫌なら引き継ぐけど、俺はお前にやっていてほしい」と、慰留する花村の眼差しは真剣で、その場凌ぎの冗談ではないことだけは分かった。
つまり彼は里中の言う通り、本気で自分を信頼しているわけで――…余計に混乱させられる。自分は、自分で自分を信じられないから辞めたいと言っているのに。
腑に落ちないが、嫌と言える程リーダーの責務を果たしていない那須は、完全に沈黙した。……卑怯だ。こんな風に言われたら、断れない。ごめんなんて謝られたら、どうして良いか分からない。

「そんな風に考えてたんだな。……気付いてやれなくて、ごめん」
「……いえ…………」

花村のこういうところこそリーダー向きだろうに、結局辞意は有耶無耶にされて状況は変わらず、進展のない関係を笑いながら五月は駆け足で過ぎてゆく。
そうして完二の影を追い詰める頃には、六月に入ろうとしていた。フードコートに注ぐ陽射しもすっかり初夏の様相で『氷』の一字を記した幟が風にはためいている。苺、メロン、ブルーハワイに宇治金時と彩り豊かなかき氷を皆で囲んだ。今日こそ決着付けようぜ、と言う彼の舌も薄っすらと青い。
「影が暴走する前に完二だけ連れて帰んのが理想だけど、万が一、影が暴走しちまった時用の道具は揃ってるよな?」
「傷薬に軟膏薬、緊急医療キットにどくだみ茶もバッチリです、サー!」
ピシッと右手で敬礼して答える里中と、うむ、と力強く頷く花村と、そんな二人のやり取りにプッと噴き出す天城と。
纏まりがあるのは大いに結構だが、これでは誰がリーダーか分からない。だから降りると言ったのに。やるせない気持ちで宇治金時を口へと運び、視線を逸らすと、ふと見ず知らずの少女と目が合った。大きなお団子の少女と派手なワンピースの少女の二人組だ。二人は「あ、いたいた!」と声を上げると、つかつか踵を鳴らして歩み寄って来る。
「花村!」
どうやら花村の知り合いらしい。目を三角にした少女らは、第三者の那須にも分かる位に不穏な空気を纏っている。
当事者の花村もそれを感じ取ったのだろう、眉根を寄せると、耳打ちした。これ、やる。そう囁いて、まだ半分以上残っていたブルーハワイを宇治金時の横に並べる。「ワリ、ちょっと」と手刀一つで断りを入れて、席を立つ。こちらに背を向けると「お疲れさん。……で、今日は何だ?」と二人の方へと向かって行った。花村の顔が見えなくなる、と同時に聞こえたのは尖った声。