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なれの果て

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すべて忘れたふりをしていられたらよかったのに ね。


 久々に訪ねたかの国は、やはり王耀にとっては箱庭のように小さく、どうにも窮屈に思えた。昔はいとけないものに思えたその狭小さも、すっかり西洋風に趣を変えた今では愛くるしくもなんともない。狭苦しい場所で独楽鼠のようにちょこまかと忙しく流れている人や物の流れを見るともなしに眺めながら、王耀は目的の場所へと歩みを進める。広大な地を己の化身として永い時間を生きた彼にとっては、模型のようなこの国はいつまでたっても慣れないものだ。
 やがて辿り着いた場所には、古風な屋敷が慎ましやかに建っていた。その外観ばかりは変わらない姿に一瞬安堵混じりの息を吐いてから、そんな自分に顔をしかめる。仏頂面のまま呼び鈴を押せば、すぐにやや小走りの足音が聞こえてきた。ぱたぱたと言うその音が止まり、玄関の引き戸が開いた瞬間に王耀は言った。
「お前んとこは相変わらず何もかもしょぼくてちっちぇえあるな」
「―――開口一番がそれですか」
 引き戸を引いた手を額に当てて、小柄な青年は苦笑いをした。
 鮮やかな黒髪も、少し色味のある肌も、年に似合わぬ童顔も似通った二人だが、ふんぞり返った態度とややそれに引いたような態度、その二つばかりが違っていた。

 
 王耀は差し出された座布団の上に腰を落ち着かせて、きょろりと辺りを見回す。落ち着いた渋めの畳の色、かちこちと音を出して鳴る壁掛け時計、年季の入った卓袱台、陽の光を透かす障子、自分の手元に置かれた緑茶入りの湯呑。その湯気に視線を落として彼は呟いた。
「……あんまり変わってねえある」
 菊、と名乗る屋敷の主である青年は、それを聞いてもきょとんとしているばかりだ。
 だが、王耀にとっては眼の前の相手は彼が幼いころからずっと付き合ってきた仲だ。どころか、己の知識を存分に与えた相手でもある。その無垢めいた顔の裏側で、本気で何を言われたかわかっていないなどとは思わない。ふんと鼻を鳴らすようにして、口元を歪めれば、途端に王耀の顔は嗜虐的な鋭い色を帯びた。
「とぼけんなある。あいつらの国のもんがあんまりねえのは慌てて隠したってことあるか?」
 それを聞くと、青年はゆらりと首を傾げて、今初めて意味がわかった、という顔をした。
「ああ。まあ、私の家はこの通り和式ですし…あまり洋風な家財は合わないんですよね。それだけです。わざわざ隠したりしませんよ、まるで悪いことみたいじゃないですか」
 そう言いながら湯呑を啜り、菊はどこか幼い眼で王耀を見つめた。しかし今の王耀にはそれすら意図したものにしか見えない。まるで悪いことみたいじゃないですか。
 なにか悪いことでもありましょうかと、裏側の彼は微笑んでいる。
「お久しぶりです。耀さん」
「久しぶりあるな。菊」
 今更ながらに挨拶を交わしてみても、互いの間には凝り固まった不自然な空気が流れたままだった。菊はそれを厭うようにしてそっと眉をひそめる。すると青年の顔は容易く頼りなげな風情を醸し出ものだから、王耀は思わずにはいられない。――白々しい。
「……耀さん。今日は私たち、何をするんでしたっけ」
 あえて相手に言わせようという問いかけに対し、王耀はしらっとした顔を敢えて作り、ひらりとぞんざいに片手を振った。
「我たちはナカナオリをしに来たあるよー」
「……また、そういう顔をなさる」
 菊がちょっとたしなめるように告げると、王耀は他の「同じ」者たちに比べれば、菊と同じほど幼いような顔立ちに、老獪な笑みを浮かべた。
「―――まるであの頃に見たような、か?」
「耀さん」
 対して、菊はそのしろい柔らかな掌を何の気負いもなく王耀の手の上に置いた。王耀は、反射的に跳ね除けようとした自分の反応を咄嗟に抑え込んだ。
「今日は、泊まっていくんですよね?」
 夕餉の準備をしましょう。そう言って、ひやりとしていた手がすうと王耀の手から離れる。
 王耀はその手を動かせぬまま、苦心して笑みを浮かべて「ああ、よろしくある」と答えた。それで今の問答はすべて「なかったこと」になった。


 相手も、己自身でさえも魂の底まで傷つけるような時代が終わり、早幾歳。
 事前に準備してあった夕食に火を通しながら、菊は久しぶりに直接見た、兄のような存在であった男の友好的とは言い難い顔を思い浮かべて苦く笑う。今は平穏をのみ望む菊にとって、何もなかったかのようにつつがなくこの再会を終えられればそれが一番良かったが、矜持が高く歴史も永く、自分に反旗を翻されたと思っているあの人は、やはりそれを簡単には許してくれないらしい。
 いや―――思っている、ではないか。
 菊は煮込んだ魚をひっくり返しながら、ちらりと思う。
 自分が「それ」を必要と考え、自分が先に凶器を振り上げた。
 それは確かに事実であった。
 さても大層なことをしでかしたものよ、と菊は薄らと自嘲の笑みを零した。かつて、あの相手は菊を見出し、知恵を与え知識を与え咲き誇らんばかりの成熟した文化を与え、まだ蕾であった菊の分身たるこの地を豊かに育て上げた。己とは比べようもないほど強大で、やさしく、おそろしい彼の「兄」。途方もなく大きなその背を見ながら、少しでも彼に近づこうと必死であった幼い頃を思い返せば、ずいぶん遠くへ来たものだと感慨深くもなる。
「菊ー」
 台所の扉の向こうから、その相手の声が聞こえた。
「まだ時間かかるあるか?」
 先程の空気など素知らぬふりで親しく名を呼ぶ相手に、菊もその空気を了解した。頭を切り替え、菊もまたことさらに普通の声音で告げる。
「ええ、もうちょっとかかりますね」
「だったら先に風呂を借りてえあるよ。我はくたびれたある」
「ああ、沸いていますのでどうぞ」
 菊が答えると、軽い足音が去って行った。

作品名:なれの果て 作家名:karo