境界の歩き方
4/決着
《死んだ……?サヨコが、死んでいた……?》
事実をありのまま伝えると、怨霊は呆然と呟いた。さらに妻の名を囁き、その瞳から静かに涙を零した。
《そうか、……つたえてくれてありがとう。すっきりしたよ。これでやっと、あの世へいける》
彼は微笑み、千石へ視線を向ける。そして、その血塗れた手を前に差し出した。
《君のおかげだ。最後に握手させてくれ》
ぞっとするほど穏やかな声だ。跡部の頭の中でけたたましく警鐘が響く。
「せん……」
跡部が制止する前に、千石の手が男の手に重なる。その瞬間、怨霊は狂ったようにおぞましい声をあげた。
《サヨコが死んだだと!?じゃあ僕のこの憎しみはどうなるんだ!あんな女に人生を終わらされた僕の無念はどうして晴らすんだ!あいつを取り殺せば救われると思ったのに!おまえのせいだ!おまえのせいだ!道連れにしてやる!》
すさまじい霊気を発して、怨霊は千石を異界へと引きずりこもうとする。
視えないまでも事態を察した不二兄弟は伴田に庇われながら青くなり、その伴田もさすがに笑みを消した。
元々除霊系の力はそれほど高くない千石は、とらわれまいとするだけで精一杯のようだ。
「チッ……」
跡部は舌打ちしつつ胸元のロザリオを握り、除霊の術を開始した。徐々に集中を高め、一気に仕掛ける。
怨霊は断末魔の悲鳴をあげて消え去り、千石は床に放り出された。その手首には、紫の手形がくっきりと残っていた。
怨念にあてられた千石は、その夜熱を出した。隣の部屋で眠る千石をちらと眺めてから、跡部は深く息を吐き出す。
「だから、さっさと手を下せばよかったんだ」
思わず漏れた独り言に、目の前の老人はふふふ、と笑う。
「なんです?」
そちらを睨むと、伴田は悪戯っ子のようににまにましていた表情をふと無にして、滅多に開かない瞳で跡部をみつめた。
「貴方は、結局解り合えないなら、解り合う努力は無駄だと思うんですか?」
「──」
跡部は絶句し、ただ伴田を見つめ返す。
「しかし千石くんには、申し訳ないことをしました。これからは、こういったリスクも考慮しましょう」
伴田は凪いだ表情をすぐに緩めて、指を立てて笑った。