境界の歩き方
3/反転
記事を検索してみると、確かに五年前、あの家で殺人事件が起こったのは確かだった。被害者は夫と妻。夫は寝室で、妻はガレージで、それぞれ血まみれの状態で発見されたらしい。念のためあの家全体を霊視したが、ガレージには特に怨念は残っていなかった。妻の方はそれほど未練もなく成仏したようだ。
さらに調べてみると、被疑者である夫の愛人【サヨコ】は、生まれたばかりの【マヤ】を連れて逃走、その後自殺している。【マヤ】の方は無事に保護され、母方の親戚に引き取られたらしい。
そしていま、跡部達は件の家の前の住人がその親戚であることを突き止め、彼らが現在住居としている寿司屋を訪れていた。
かわむらずしと書かれた暖簾をくぐると、威勢のいい声が迎える。
「へい、らっしゃい!」
カウンターを拭きながらこちらを振り返ったのは、不二周助と同世代であろう若い男だった。
「こんにちは。先程ご連絡しました、伴田と申します」
伴田がニッコリ笑って挨拶すると、男は「ああ!霊媒師の先生ですか」と手を打って、三人を座敷席に案内した。
「俺は河村隆。マヤちゃんのはとこにあたります。それで、聞きたいことっていうのは?」
「差し支えない範囲で構いません。マヤちゃんのお父様の成仏のために、最近の彼女の様子を教えていただけませんか」
河村は、人柄のよさそうな青年だった。伴田が話を切り出すと、痛ましそうにしながらも、誠実に質問に答えた。
「俺から、マヤちゃんにわかるように説明しましょうか?彼女は、お父さんに会いたいというかも知れません」
しかしその提案には、頭から冷水を浴びせられたような気持ちになった。跡部は血相を変え、握りしめた拳をテーブルに叩きつける。
「跡部くん、」
隣から窘めるような声が上がったが、跡部は構わず低い声を漏らした。
「ダメだ。あの父親は完全に悪霊化している。娘を近づけるのは危険だ。絶対に会わせるべきじゃない」
河村は突然のことにとまどったように目を丸くしたが、やがて納得したように微笑んだ。
「ありがとう。その忠告に従うよ。マヤちゃんの最後のお父さんの記憶が、恐ろしいものになってしまうのはかわいそうだからね」