RED
病室の前には、相変わらず『面会謝絶』と書かれている。十代は肉親であるみどりの許可を得て、特別に入ることが許されている。
何度、訪れても扉を開ける手が震える。今はみどりも居ない、たった一人だ。立ち止まったままの十代をハネクリボーが心配そうに見つめている。
一人ではない。十代は一人ではない、彼は常に相棒と共にある。
気合いを入れ直すとゆっくりと扉を開けた。
『よく来たね、十代』
白いカーテンがたなびく明るい病室で、ベッドの上に座りながらも微笑む姿、陽射しに眼鏡が反射してキラキラしていたりする。暖かくて、安心出来る笑顔。優しい声。
病室開ける時はいつもそれを期待してしまう。もう、彼は目覚めていて自分を待っているのではないかと、光の中で微笑む紅葉が居るのではないかと――――
でもそこには、あの日から眠ったままの紅葉の姿と、それを維持するために繋がれた機械の線があるだけだ。良く分からないが、彼の生命を監視している機械が定期的に音を立てている。
あの頃は光が射していたはずの病室もどことなく暗く、いつも聞こえていた優しい声は定期的に音を告げる電子音だけが響いている。
「クリ〜」
ふわふわと相棒は、嘗ての相棒の元へと飛んでいく、デュエルアカデミアに入学すれば、こうして頻繁には会いに行くことは出来なくなる。それは、相棒にとっても同じことだ。
「ねぇ、見てよ、紅葉さん」
ほら、と両腕を大きく拡げ、くるりと回って見せる。
「デュエルアカデミアの制服だよ。俺、合格したんだ」
それが、補欠ギリギリであることはあえて黙っておく。隠していても、みどりがここに来ればその話をするのだろう。
「俺、デュエリストになるよ」
そのための第一歩がアカデミアへの入学だ。
「この赤い服を着て、プロを、真のデュエリストを目指すんだ」
オシリスレッドに拘ったのは、その制服が『赤』だったからだ。紅葉が公式戦に着ていた赤のコートと同じ色だ。闘うならば、赤い服だ。
「約束ちゃんと守るよ」
それは、幼い時にした約束。デュエリストになると、そしてプロになった自分と闘ってくれると紅葉はあの時言ったのだ。
「ク、クリ〜っっ」
ふわふわと紅葉の上を飛んでいた相棒が、慌てて駆け寄ってくる。いつのまにか、膝をついて彼が眠ったままのベッドの縁に突っ伏していた。今まで抑え込んでいた涙が溢れてくる。あの頃は、まだ子供だった時は抑えることもなく泣いていた。だけど、気付いてしまった。本当に泣きたいのは、唯一の肉親であるみどりの方なのだと、だから、自分が泣くわけにはいかないのだと…………
「心配すんなよっ、相棒」
茶色い毛玉が心配そうな眼差しでこちらを伺っている。
「だから、だから、紅葉さんも約束守ってくれよ」
あの日から眠り続ける彼に訴える。
この赤い服を着て、真のデュエリストになる。そうなれば、きっと紅葉も約束を守り、目覚め、決闘してくれるだろう。きっと…………
だから、それまでは、それまでは…………
「暫くこれなくなっちゃうけど、ごめんね紅葉さん」
立ち上がり膝を叩く、ふわりと風がカーテンをたなびかせる。
「楽しいデュエルしてくるよ」
彼はデュエルを楽しめと言っていた。そして、彼とのデュエルは本当に楽しかった。強くて、楽しい、そんな者たちがきっとあの学校には沢山いるのだろう。
「またね、紅葉さん」
真新しい袖口で涙を拭った。楽しいデュエルに涙は必要ない。
後ろ手で扉を閉めれば、ふと懐かしい声が聞こえた。
『楽しいデュエルをしよう』
その言葉に大きく頷き一歩踏み出した。もう振り返ることはない、まっすぐと歩み始めた。
【終】