Stop!Brother-in-low!2
暖炉の前にシグムンドは座っていた。長年使ってきたという愛用の剣を、乾いた布で拭いている。
火に照らされれ赤く染まった彼と剣を、少し離れた場所からフレイヤは見ていた。
アスガルドにも夜は来るが、大量の灯りをともす為、いつも昼のような明るさに満たされていた。
だから、彼女はミズガルドにきて初めて知ったのだ。暗闇がいかに暗いか。火がいかに明るいか。
ほのかな灯りに照らされた人間がいかに優しく目に映るかを。
シグムンドは繰り返し剣を磨いていて……やがて、満足のいく仕上がりになったらしい。うなずくと、真剣を鞘に戻して脇に置いた。
そして、前振りもなくフレイヤの方に振り返ると「そこにいると寒いだろ。こっちに来たらどうだ?」 と言ったのだった。
突然視線を向けられた事にドギマギしつつ「は、はい……」彼女は駆け寄り、シグムンドの隣へ腰を下ろす。
「ほら、暖かいだろう」
「そうですね……あ……」
「あ?」
「あ……」
「?」
「……あな、た……」
語尾がどんどん力を無くし、小声になっていく。顔が熱い。
相手の顔を見ていられなくて、下に目線を下がっていく。
「は……ははっ、そうか。俺たち、そう……だったな」
シグムンドの節くれだった手が、もじもじ布を弄んでいるのを。頬を火照らせたフレイヤはじっと見ていたのだった。
Stop!Brother-in-low!2
結婚の神、つまりがして兄フレイの前で永遠の愛を誓った後の宴。
それは、フレイヤの女神としては短い半生の中で経験した物の中では、一番楽しいものだった。
巨神侵攻の際に受けた被害からは、全然立ち直ってはいないけども。ひとまずそれを忘れて、飲めや歌えやの大騒ぎ。
酒を呑みすぎた兄神が、泣きながらヘルギやヴェルンドに絡んだのに驚いたのは記憶に新しかった(わらいもうろらもうよめにいくなんれ!!)。
どうやら兄は絡み酒の上泣き上戸らしく、お終いにはわんわん子供のように大声で泣き出す始末。
フレイヤは、(兄様がこんなことをなさるなんて) と最初の方はおもしろ半分驚愕半分で見ていたものの。
「きさまはきょうからわらおろうろになるのらー!」 と、兄がシグムンドの左腕に抱きついた時には思わず、
「兄様、シグムンドはフレイヤの物なのです!盗ることは許しませんよ!」 と叫んで、とっさに夫の右腕にしがみつき、
まるで綱引きのように左右から引っ張り合った……事も、今では懐かしい。
夜通し騒いで、翌朝。二日酔いでふらふらの兄を見送った後。
そのままグムンドは、いつもの服に着替えてから村の復興作業に入った。
なんせ、夫は四つの集落を従える族長であり、防壁造りの中心人物でもあるのだ。やらなくてはならない事は、山のようにあった。
森に散らばる巨神の死体の後始末、村の復旧作業、食料の確保、遺体の埋葬、防壁の残骸の処理……。
族長の妻であるフレイヤも、出来る限り手伝った。
邪魔な大岩があると言われれば、魔法で木っ端みじんに打ち砕く。
腹が減ったと言われれば、鷹になって獲物を探しに行く。
人間に言われるがままに使われてと、アスガルドの神たちは憤慨するだろうか。
しかし、フレイヤは「でかした!」 というシグムンドの弾んだ声が聞けるのなら人間の為に神力を使ってもいいと思ってるのだ。
やることが何もないときも、せめてシグムンドの側にいたいと、忙しく動き回る彼の後ろをずっとついて回った。
真剣な顔で話す彼、部下に指示を出す彼。なにやら考え込んでいる彼。時たまこちらに振り向いてちょっと笑う彼。
「シグムンドの姿を見ていると、心がざわめくと同時に安らぐのです」
と、傍らに立っていたヘルギに漏らす。すると夫の従兄弟は大きなため息をついて、やれやれと首を振って。
いつも通りの頼りない口調で言ったのであった。
「前触れもなくのろけるのはやめてほしいぜ……」
時はあっという間に過ぎ、夜を迎える。
今日出来なかった事は明日に回して、家……無傷だった猟師小屋を使った……に戻ると、シグムンドはベッドの上に倒れ、そのまま泥のように寝てしまった。
徹夜で飲み食いし、その上一晩中働き詰めだったのだ。いくら彼が若くて強靱な体力の持ち主でも、疲れるというもの。
フレイヤはベッドの端に腰をかけると、シグムンドの髪を手櫛で梳いた。所々に突っかかりがあって、指がうまく通らない。
きっと、お手入れなんてしたことがないのだろう。そんなガサツな性格すら愛おしいと思ってしまう。
「今日はお疲れさま」
フレイヤは彼の額にキスを一つ落として、自分もまた寝床に潜り込む。
そして、夫を起こさないようにそっと、彼のたくましい胸に顔を埋めて、背中に腕を回した。
一定のリズムを刻む鼓動の音が、耳をくすぐる。心地よくて、気持ちが落ち着いて。とろとろと瞼が落ちてくる。
「おやすみなさい……」
シグムンドの後を追うようにして、フレイヤもあっと言う間に眠りについたのだった。
二日、四日、六日と朝から晩まで働く日々が続き。結婚から一週間経った今日。やっとのことで山ほどあった仕事のカタが少しついたのだった。
戦没者の埋葬をほぼ済ませ、巨神の死骸は火にくべ灰にし、地に返す。
防壁の残骸から出た木材や瓦礫の中で、破損が少ないものは壊れた家の修復にあてることになった。
壁自体は、オーディンの命があれば再建すると決めているが。全てが終わったので、再び築く必要は無いだろう……というのが、大方の考えだ。
「ヨトゥンヘイムに近い北の大地の被害は、南よりも甚大だったのに。こんなに早く修復が済むとはな」
村の皆を集めての夕食の席の際。シグムンドは言った。夫が持っている杯に酒を注ぎながらフレイヤは「そうですね」 と相づちをうつ。
男たちは普段よりも一層狩りに力をいれたらしい。長机には、大小様々な肉料理が並んでいた。
女たちが採ってきた木の実やキノコも皿に盛られ、茶色になりがちな食卓に彩りを加えている。
こんな豪華な食事は、結婚の儀以来だと上機嫌にささやいて、彼は勢いよく飲み干した。そして、一言。
「これも、女神が傍にいるおかげだな。礼を言う、フレイヤ」
空の杯を妻の両手に持たせると、今度は夫がそこに酒をそそぎ入れた。
「そんな・・・私、なにもしていませんよ」
フレイヤは湧き上がる恥ずかしさをごまかすように、酒を少し口に含んだ。
独特の味、ピリピリする感触が舌いっぱいに広がる。
「ただ、シグムンドの後ろについて回っていただけですから」
「いや、いるだけでいいんだ」夫の両手が妻の両手を包み込んだ。
「フレイヤが傍にいるだけで、俺は頑張れるから」
あぁもう何故この男は真顔で恥かしいことを!!
フレイヤの頬が一気に熱くなったのと。
シグムンドの背後にい、ばっちりこの場面を目撃していたであろうヴェルンドが、手から羊皮紙をぽとりと落としたのはほぼ同時の出来事だった。
夕飯の後、帰宅。夫はいつものように帰ってすぐベッドに向かう……ことはせず。
代わりに、暖炉の前に座った。そして、炎の明かりを頼りに、矢の数を確認をしたり、弓の弦を張りなおしたり。
火に照らされれ赤く染まった彼と剣を、少し離れた場所からフレイヤは見ていた。
アスガルドにも夜は来るが、大量の灯りをともす為、いつも昼のような明るさに満たされていた。
だから、彼女はミズガルドにきて初めて知ったのだ。暗闇がいかに暗いか。火がいかに明るいか。
ほのかな灯りに照らされた人間がいかに優しく目に映るかを。
シグムンドは繰り返し剣を磨いていて……やがて、満足のいく仕上がりになったらしい。うなずくと、真剣を鞘に戻して脇に置いた。
そして、前振りもなくフレイヤの方に振り返ると「そこにいると寒いだろ。こっちに来たらどうだ?」 と言ったのだった。
突然視線を向けられた事にドギマギしつつ「は、はい……」彼女は駆け寄り、シグムンドの隣へ腰を下ろす。
「ほら、暖かいだろう」
「そうですね……あ……」
「あ?」
「あ……」
「?」
「……あな、た……」
語尾がどんどん力を無くし、小声になっていく。顔が熱い。
相手の顔を見ていられなくて、下に目線を下がっていく。
「は……ははっ、そうか。俺たち、そう……だったな」
シグムンドの節くれだった手が、もじもじ布を弄んでいるのを。頬を火照らせたフレイヤはじっと見ていたのだった。
Stop!Brother-in-low!2
結婚の神、つまりがして兄フレイの前で永遠の愛を誓った後の宴。
それは、フレイヤの女神としては短い半生の中で経験した物の中では、一番楽しいものだった。
巨神侵攻の際に受けた被害からは、全然立ち直ってはいないけども。ひとまずそれを忘れて、飲めや歌えやの大騒ぎ。
酒を呑みすぎた兄神が、泣きながらヘルギやヴェルンドに絡んだのに驚いたのは記憶に新しかった(わらいもうろらもうよめにいくなんれ!!)。
どうやら兄は絡み酒の上泣き上戸らしく、お終いにはわんわん子供のように大声で泣き出す始末。
フレイヤは、(兄様がこんなことをなさるなんて) と最初の方はおもしろ半分驚愕半分で見ていたものの。
「きさまはきょうからわらおろうろになるのらー!」 と、兄がシグムンドの左腕に抱きついた時には思わず、
「兄様、シグムンドはフレイヤの物なのです!盗ることは許しませんよ!」 と叫んで、とっさに夫の右腕にしがみつき、
まるで綱引きのように左右から引っ張り合った……事も、今では懐かしい。
夜通し騒いで、翌朝。二日酔いでふらふらの兄を見送った後。
そのままグムンドは、いつもの服に着替えてから村の復興作業に入った。
なんせ、夫は四つの集落を従える族長であり、防壁造りの中心人物でもあるのだ。やらなくてはならない事は、山のようにあった。
森に散らばる巨神の死体の後始末、村の復旧作業、食料の確保、遺体の埋葬、防壁の残骸の処理……。
族長の妻であるフレイヤも、出来る限り手伝った。
邪魔な大岩があると言われれば、魔法で木っ端みじんに打ち砕く。
腹が減ったと言われれば、鷹になって獲物を探しに行く。
人間に言われるがままに使われてと、アスガルドの神たちは憤慨するだろうか。
しかし、フレイヤは「でかした!」 というシグムンドの弾んだ声が聞けるのなら人間の為に神力を使ってもいいと思ってるのだ。
やることが何もないときも、せめてシグムンドの側にいたいと、忙しく動き回る彼の後ろをずっとついて回った。
真剣な顔で話す彼、部下に指示を出す彼。なにやら考え込んでいる彼。時たまこちらに振り向いてちょっと笑う彼。
「シグムンドの姿を見ていると、心がざわめくと同時に安らぐのです」
と、傍らに立っていたヘルギに漏らす。すると夫の従兄弟は大きなため息をついて、やれやれと首を振って。
いつも通りの頼りない口調で言ったのであった。
「前触れもなくのろけるのはやめてほしいぜ……」
時はあっという間に過ぎ、夜を迎える。
今日出来なかった事は明日に回して、家……無傷だった猟師小屋を使った……に戻ると、シグムンドはベッドの上に倒れ、そのまま泥のように寝てしまった。
徹夜で飲み食いし、その上一晩中働き詰めだったのだ。いくら彼が若くて強靱な体力の持ち主でも、疲れるというもの。
フレイヤはベッドの端に腰をかけると、シグムンドの髪を手櫛で梳いた。所々に突っかかりがあって、指がうまく通らない。
きっと、お手入れなんてしたことがないのだろう。そんなガサツな性格すら愛おしいと思ってしまう。
「今日はお疲れさま」
フレイヤは彼の額にキスを一つ落として、自分もまた寝床に潜り込む。
そして、夫を起こさないようにそっと、彼のたくましい胸に顔を埋めて、背中に腕を回した。
一定のリズムを刻む鼓動の音が、耳をくすぐる。心地よくて、気持ちが落ち着いて。とろとろと瞼が落ちてくる。
「おやすみなさい……」
シグムンドの後を追うようにして、フレイヤもあっと言う間に眠りについたのだった。
二日、四日、六日と朝から晩まで働く日々が続き。結婚から一週間経った今日。やっとのことで山ほどあった仕事のカタが少しついたのだった。
戦没者の埋葬をほぼ済ませ、巨神の死骸は火にくべ灰にし、地に返す。
防壁の残骸から出た木材や瓦礫の中で、破損が少ないものは壊れた家の修復にあてることになった。
壁自体は、オーディンの命があれば再建すると決めているが。全てが終わったので、再び築く必要は無いだろう……というのが、大方の考えだ。
「ヨトゥンヘイムに近い北の大地の被害は、南よりも甚大だったのに。こんなに早く修復が済むとはな」
村の皆を集めての夕食の席の際。シグムンドは言った。夫が持っている杯に酒を注ぎながらフレイヤは「そうですね」 と相づちをうつ。
男たちは普段よりも一層狩りに力をいれたらしい。長机には、大小様々な肉料理が並んでいた。
女たちが採ってきた木の実やキノコも皿に盛られ、茶色になりがちな食卓に彩りを加えている。
こんな豪華な食事は、結婚の儀以来だと上機嫌にささやいて、彼は勢いよく飲み干した。そして、一言。
「これも、女神が傍にいるおかげだな。礼を言う、フレイヤ」
空の杯を妻の両手に持たせると、今度は夫がそこに酒をそそぎ入れた。
「そんな・・・私、なにもしていませんよ」
フレイヤは湧き上がる恥ずかしさをごまかすように、酒を少し口に含んだ。
独特の味、ピリピリする感触が舌いっぱいに広がる。
「ただ、シグムンドの後ろについて回っていただけですから」
「いや、いるだけでいいんだ」夫の両手が妻の両手を包み込んだ。
「フレイヤが傍にいるだけで、俺は頑張れるから」
あぁもう何故この男は真顔で恥かしいことを!!
フレイヤの頬が一気に熱くなったのと。
シグムンドの背後にい、ばっちりこの場面を目撃していたであろうヴェルンドが、手から羊皮紙をぽとりと落としたのはほぼ同時の出来事だった。
夕飯の後、帰宅。夫はいつものように帰ってすぐベッドに向かう……ことはせず。
代わりに、暖炉の前に座った。そして、炎の明かりを頼りに、矢の数を確認をしたり、弓の弦を張りなおしたり。
作品名:Stop!Brother-in-low!2 作家名:杏の庭