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会いたい

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会いたい




「おかえり」


ボロアパートのドアを開けたところで、響いた声に顔を上げた帝人は、どうしてだか泣きそうな顔をする。
その、一瞬の表情を不思議そうに見つめて、臨也は首をかしげた。
「どうかしたの帝人君。今日、なにかあったの?」
自分の顔を見るなりそんな顔をされるのは穏やかではない。臨也は勝手に入って勝手に寝そべってごろごろとくつろいでいた体を起こし、玄関から入ってこようとしない帝人に呼びかける。慌てたように手を振って、帝人が無理矢理の笑顔を作った。
「あ、いえ、そういう事ではないです」
「・・・本当に、どうしたの」
正直で嘘の付けない子ではあるが、一応、臨也とは恋人同士という間柄だ。こんなふうにわざとらしく誤魔化すより、聞いてくださいよ!と愚痴を言われることのほうが普段多いだけに、この態度は気にかかる。
神妙な顔で尋ねれば、帝人は本当になんでもないですから、と繰り返した。そうしてゆっくりと、溶けるように微笑む。
「いらっしゃい、臨也さん」
その表情に、臨也は思わず息を飲む。
あれ、こんな顔をする子だったかなあ、と心がざわついた。ふわりと浮かび上がるような違和感が一瞬臨也を襲って、心をきゅっと掴まれたような切なさがこみ上げる。
臨也の隣にそろそろと近づいた帝人の、まつげをなぞるように視線を走らせ、臨也はもう一度首をかしげた。
「なんでそんな顔するの?」
「そんな顔って・・・?」
「まるで、」
まるでこの世で一番の悲しみを知ってしまったとでも言うような顔、だ。けれどもそう言い表すのはなんとなくためらわれて、臨也は言葉を切った。
この子は、いつの間にこんなに、大人びてしまったのだろう。
臨也はそんな帝人の顔を見たくなかった。この子には笑っていて欲しいと思う。たとえ世界が崩れ去るその瞬間にも、幸せで居て欲しいと思っている。
幸せで、ただ、ずっと幸せで。
そのためにできる限りのことをする覚悟なら、とうにできていた。
ただ、そんなことは臨也だけが知っていればいい話で、決して表に出しはしないが。でもだからこそ、この顔は、この、泣きたいのを我慢するような微笑は、良くない。
臨也にとっては全然、良くない。
「・・・何があったの」
静かに問いかけて、その滑らかな頬に手を伸ばす。そんな臨也の手のひらをひょいと避けて、帝人はもう一度小さくなんでもないんです、と答えた。
そんな声で言ったって、何かありましたと答えているようなものだ。
だいたい、触ろうとしたのに避けるってどういうことだ。
臨也の中で何かが、大きく軋んだ。警告音にも似たシグナルが、嫌がっているんだから触れるな、と自分をいさめようとするが、それにもまして触れたくて、触れたくて、たまらない。
嫌なら嫌だといえばいいのに、そうすれば触らない。むしろその言葉を期待して、もう一度手を伸ばす。
じっと、伸ばされる臨也の手のひらを見詰めて、帝人がその目にもう一度涙を溜めた。臨也に触られるのが泣くほど嫌なのかと思えば傷つくが、帝人の性格からしてそこまで嫌なら何も言わないとは思えなかった。この顔は違う、嫌がっているのではなくて、ただ。
ただ。


「・・・悲しいの?」


囁いた声が掠れた。
同時に、こらえきれず帝人の瞳から零れ落ちた涙が、ぽたりとその制服に濃い染みを作る。拭おうと伸ばした臨也の手は、ただ空を切って何にも触れられないまま。
「・・・っざや、さ・・・っ」
搾り出された帝人の声は、切望を含んでなお揺らぎ、臨也の喉元を詰まらせる。凍りついたような一瞬の静寂と、それから、駆け抜ける衝動の意味をようやく悟った。
ああ、そうか、俺は。
震える指先を呆然と見詰めながら、臨也は大きく息を吐く。こんなに近くにいるのに遠いような、この奇妙な違和感。
そうか、そうだね。そうだったよね。何度でも自分に言い聞かせるように小さく頷いて、それでもまだ上手く処理できず、触れられなかった手のひらをもう一度帝人へと伸ばして、まるで悪あがきのようだ。


「・・・ごめんね、俺は、また・・・」


性懲りも無く、愚かにも、繰り返してしまったようだ。
縋るように臨也を見詰める帝人の、その瞳からは、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちてゆく。
触れたい、ただ、その涙を拭うのは、自分でいたかった。
幸せを願っていた。この小さな少年に、降り注ぐ恒久の幸せを。ただ、その小さな手のひらが大切なものを取りこぼさないよう、その細い肩が世間の不和に押しつぶされないよう、その澄んだ瞳が悲しみに曇ることがないように。
そうして彼に幸せを注ぐのは、自分でありたかった。
強く、強く、何よりも強固に、それを願っていたのだ。彼の隣を永遠に独占できたらいいと、その一番の笑顔を向けられるのは自分だけが良いと。
子供っぽく稚拙で、けれどもそれが故に懸命なその願いは、ついに貫くことができないままで終わってしまったけれど。
それでも。
それでも彼に、会いたくて、会いたくて、会いたくて。
「・・・そうだったね、俺はもう、いないんだったね」
「臨也さん・・・っ」
「性懲りもなく、また出てきちゃってごめんね」
迷惑をかけたかな。それともまだ、迷惑とまではいかないかな。
自覚すると同時に、空気に滲むように一気に透明度を増した自分の体を見下ろして、臨也は自嘲した。折原臨也は死んだのだった。幸せで居て欲しいと願った少年の目の前で、実にあっさりと死んでしまった。人生最大の失敗だった、とそのときのことを思い出すと在りもしない心臓が音を立てて痛む気がして、臨也は小さく息を吐く。
「・・・会いたかったんだ」
体が無くなって、こうして世界を隔てても、臨也の魂が求め続けているのはただそれだけだ。
会いたくて触れたくて、笑って欲しくて。無意識の内にこうして帝人の前にふらりと現れてしまう。これが最初ではない、もう何度も何度も、数え切れないほど生きている続きを過ごそうとして。
毎回、毎回、触れられなくて我に返る。
もう、臨也には彼に触れる資格はないのだとはっきりと分かって、そこでいつも自分が死んだことを思い出す。こうして会いに来ることが、彼を余計に悲しませるのだと、いつまでも彼の心を重く沈める原因なのだと、理解はしているのに。
それでも、臨也は。
「・・・ごめん」
「っ、やだ、行かないで・・・っ」
「ほんとに、ごめんね、帝人君」
「臨也、さ・・・」
自分を求めて伸ばされる、少年の小さな手のひらが。
愛しくて、愛しくて、たまらず。
行かないで、と言われるたびに、まだ大丈夫、まだ忘れられていないと安心してみたりして。その頬を流れ落ちる涙を見るたびに、ああよかった、まだ悲しんでくれる、まだ彼にとって大事な人でいられるんだ、とそんなことばかりを思って。本当に彼の幸せを願うなら、自分の存在など忘れ去ってもらうべきなのに、「もう忘れていいよ」とは言ってあげられない。
必死に涙を止めようとしている帝人を見詰めた。切なげに眉を寄せたその、子供っぽさの残る顔立ちが、臨也はとても好きだった。
好きだった。
好き、だった。
「困らせたいわけじゃないのにな、なんで・・・っ」
「っ、困りません!」
「困るでしょ、未練たらしくてさ。こんなの全然俺らしくない」
作品名:会いたい 作家名:夏野