満ち潮
「きゃぁっ!?」
ルフィさんがいた。しかも、すぐ横に。……いえ、正しくは、私が寄りかかっていた船縁のすぐ横の船首に、足を絡めるようにぶら下がっていた。「よっ」と反動をつけて起き上がると、私の横に飛んできて言った。
「俺は『悪魔の実』の能力者だから、カナヅチなんだ」
聞いたことはある。『悪魔の実』を食べたものはすごい能力を手に入れる代わりに海から嫌われ、カナヅチになると。
「大体、お前には目的があるんだから、そんなこと言っちゃ駄目だ」
そう言ったルフィさんの目は少し怒っているように真剣だった。
「……ごめんなさい」
そうだ。私にはやらなきゃならないことがある。それを応援してくれるこの人達に対して失礼だと、素直に謝る。
「でも、何が『いっそ』なんだ?」
ルフィさんの問いかけに、その場にへたり込む。顔が一気に朱に染まるのがわかる。
ルフィさんが隣にしゃがんで私の顔を覗き込む。
「怖気づいたのか?」
私は思い切り首を横に振る。
「俺達に送られるのが嫌なのか?」
さらに首を横に振る。
「じゃあ、何だ?」
ルフィさんは本当にわからない、というように腕組みし、顔に疑問符を浮かべる。
「ルフィさんが……」
「俺!? もしかして、俺が嫌いだからか!?」
ブンブンブンッ
「逆ですっ!!」
驚愕の表情を浮かべるルフィさんに、今までにないくらい首を左右に振り、言う。
言ってしまってから、
「あ……」
泣きそうになりながら、見ると、ルフィさんもキョトンと私を見ていた。
「逆……?」
ルフィさんはしばらくキョトンと腕組みしたまま考え、思い当たった言葉の意味に気がつくと、麦ワラを目深に被り、俯いてしまった。
「……ルフィさん?」
不安になって、今度は私がルフィさんを覗き込む。すると、大きめの耳が少し赤く染まっているのわかった。
「俺が見張りしてた時さ」
ルフィさんが俯いたまま喋り出す。
「ビビ、毛布に入れてくれたじゃん?」
最初にかけてくれたのはルフィさんなのに、と思いながら聞いていた。
「あの時、本当に綺麗だなーと思って……」
ルフィさんがますます俯く。私は、言われた言葉を思い返してまた、胸が早鐘を打つ。
「キスしたいと思った」
俯いたまま、ルフィさんははっきりと言った。言ってから、すっきりしたように顔を上げて私を見、照れたように笑った。
私は、泣きたいような笑いたいような、変な顔をしていたと思う。口を手で押さえて、ただジッとルフィさんを見つめていた。
「あー、すっきりした! やっぱ、言いたいことは言わないとムズムズすんな」
ルフィさんは立ち上がると大きく伸びをして、「ほら」と手を差し出した。私は俯いたまま、ルフィさんの手をとって立ち上がる。さほど変わらない目線が目の前にあって、また泣きたくなる。
ルフィさんはあの夜と同じようにポンポンと私の頭を叩くと、再び船首に向かった。
「待って」
自分でも驚くほどはっきりと、ルフィさんを呼び止めた。ルフィさんが振り返る。
「私にキスしたいって、本当……?」
視界に、戻って来たルフィさんの草履が入る。
「ああ」
「私のこと……好き?」
「ああ」
「私のこと、何にも知らないのに……?」
瞬間、ガシッと両頬を掴まれ、首がもたげられる。目の前ではルフィさんが満面の笑みをたたえている。
「大好きだ」
涙が、落ちそうになる。顔を背けようと、手を引き離すけれど、ルフィさんの手は強く私を放そうとしない。
「たとえ……いつか、離れ離れになるとしても……?」
やっとの思いでそれだけ言う。ルフィさんの手が私の肩に落ち、次の瞬間には彼の胸に引き寄せられていた。
「ああ。ビビが大好きだ」
きっと、今、顔を上げたらルフィさんは笑っているだろう。いつもの、太陽の笑みで。
繰り返した呟きを波の彼方に捨て、私は顔を上げると微笑んだ。夕陽に、ルフィさんの笑顔が赤く染まる。その笑顔が少し傾き、私に重なった。