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so,I was pain.

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午前の講義が休校なので遅く起きた朝、ベッドの中からスイッチを入れたチャンネルでたまたまやっていたワイドショーで、翼くんの結婚を知った。相手はあの、中沢早苗だった。

ブラウン管の中の彼女はあの頃よりもきれいになって、恥ずかしそうに頬を高潮させて俯いていたけれど、幸せそうで、どこか誇らし気だった。

そしてそんな彼女の姿は、この胸の痛みを…みじめだった私の15歳の冬を、嫌でも思い出させるものでもあった。


私はサッカー部ではなかったけれど、一般生徒の中では翼くんとは仲がいい方だったと思う。

小学校から一緒だったとか、クラスが一緒で席が近かったとか、係が一緒だったとか、要素はいくらでもあげられるけれど、やっぱり何となく気が合う部分があったのだと思う。教室で翼くんを中心とするサッカー部の輪に入っては、しょっちゅう笑い転げていた。

中学1年の時。掃除当番でゴミ捨てで2人きりになる瞬間を見計らって切り出したのは私ではなく、翼くんの方だった。

「もうすぐバレンタインデーだね」

「翼くんは今年もたくさん貰うんでしょ」

大きなゴミ箱を逆さにしながら笑って返した。

「……君は?」

「え?」

「君は誰かにあげるの?」

ゴミ箱を置きながら真剣な面持ちでたずねられて、私は居心地悪そうに笑って言った。

「いないよ、チョコあげる人なんか」

それは嘘の言葉だった。本当は、翼くんにあげたかったけれど、中沢さんの存在は有名だったし、告白することで翼くんとのこの関係が崩れることが怖くて、本当の気持ちを隠していた。

「君のチョコが欲しいな」

翼くんは顔を逸らせてボソボソと言った。耳が少し赤かった。私はビックリしたように目を大きく開いて、それからアハハーと笑った。

「チ、チョコくらいあげるけどさー、虫歯になっても知らないから」

「君からのチョコが、欲しいんだ」

翼くんは今度ははっきりとそう言った。

「中沢さんは?」

私も顔を真っ赤にしながら、それでも反射的に出たのはそんな言葉だった。

「マネージャー?」

「うん。皆言ってるよ。『付き合ってるんだよ』って」

「ち、違うよ! マネージャーとは、ただの友達だよ」

翼くんは中沢さんの気持ちを知っているはずなのに、そんなことを言うことには少しあきれたけれど、でも、私に向かって真っ赤になって弁解することの方が嬉しくて、笑いながら14日の約束をした。


結局、翼くんは中沢さんからのも含まれているであろう、山のようなチョコを抱えて、少し遅れて待ち合わせた公園に来たけれど、私が付け焼刃な知識と技量で昨日の夜中までかかって作った山のようなチョコレートブラウニーを「美味しい」と言って、その場でペロリと平らげてくれた。

1年生の時にはもう、翼くんの人気はものすごかったから私もいらない波風を立てたくなかったし、翼くんもサッカー部に…今思えば中沢さんに遠慮して、私達が付き合っていることは周りには内緒にした。

2年生になって違うクラスになって、翼くんの生活はサッカー最優先だから、実際、私なんかよりサッカー部のマネージャーである中沢さんの方が翼くんと顔を合わせることが多かった。

デートだって何度もドタキャンされて、下手したら私なんか廊下ですれ違うことがあった時くらいしか顔を合わさないほどだった。

それでも会えない分、電話だけはマメにくれた。お互い、親から隠れるようにコソコソと交わす会話は今日あった出来事だとか、大抵はたわいのない話だったけれど、秘密の共有をしているようで幸せで楽しかった。

私の誕生日が6月で翼くんの誕生日が7月。見事なまでの中学サッカーシーズンで、嫌な予感はしてたんだ。

案の定、私の誕生日はサッカーお馬鹿の翼くんの頭からスッポリと抜け落ち、翼くんの誕生日は全国大会前で2人きりで会うことはままならず、結局私が翼くんの姿をじっくり拝めたのは、全国大会の応援席でだった。

「その間、中沢さんはずっと翼くんといたんだよね」

8月も終わろうとする頃、朝の図書館で翼くんの宿題を手伝いながら拗ねたように小さく呟いた。

「え?」

翼くんは顔を上げて、少し膨れっ面の私を驚いたように見ていたっけ。それで、怒るかな、と思っていたらニッコリ笑って私の頭を小さい子供をあやすみたいに撫でたんだ。ムキになって膨れっ面をする私が、我慢できなくて吹き出すまで、ずっと。

それから、「ごめんね」と謝ると私の前にきれいにラッピングされた四角い小箱を差し出した。

「誕生日プレゼント……とお土産。一緒でごめんね」

頬杖ついて私の方に体を乗り出すと、照れくさそうに言った

「開けていい?」

「うん」

カソコソと包みを解き、箱を開ければスポンジに包まれた鮮やかな花火模様の彩色された透明な風鈴が顔を出した。

「きれい。ありがとう」

これから蒸し暑くなる窓辺の席で光にかざすように持つと、思いのほか響く大きさでチリンと音を立てたので、慌ててガラスの部分を押さえると2人で顔を寄せ合って、また笑った。

それから蒸し暑い日差しの下を手をつないで帰った。これからまた、翼くんは練習だろう。いつもの別れ道で手を振ると、翼くんも笑いながら手を振って元気に走り去った。私はいつまでもその背中を見ていたように思う。


冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り、2つのグラスと共にベッドに運ぶ。隣でまだ寝息を立てる彼を起こさぬよう、静かにグラスを置くと、自分の分だけ注ぎ、それに口を付けながらコメンテーターの勝手な言葉に耳を傾ける。

今思い出すと、手を握るだけで緊張するような、恥ずかしくなるくらい純な付き合いだった。

それでも、他の娘達みたいにいつも一緒にいられなくても、イベントや休日を2人で過ごせなくても、私は翼くんを信頼していたし、大好きだった。

だから、あの2度目のバレンタインの日、翼くんの言った言葉だって、泣きながらだったけれど、「仕方ない」って思えたんだ。

あの日。1年前と同じように2人でこっそり待ち合わせて、人気のない公園で会っていた。あの時は必死で気づかない振りをしたけれど、翼くんの様子は普段と違っていた。いつもみたいな明るい笑顔じゃなかったし、戸惑っているような、困っているような、何か言いたくてけれど言い出せない、そんな泣きそうな表情を時折していた。

結局、翼くんが言いたかったのは「別れよう」ということだった。ううん。「別れよう」とは言わなかったな。「会えなくなるから」って言っていた。

理由は至極簡単明瞭。3月になったら色んなサッカーチームの合宿に合流して練習がある、って。それが終わったらすぐ、全国大会に向けての練習が始まる、って。

「今までだってあんまり会ってないじゃない」というのは簡単だけど、翼くんも私と会いたくないわけじゃなかったし。それを、こう宣言されるというのは彼にとってもよっぽどのことなのだ、と。

理解はできたのだ。でも、あの時、口をついた言葉は。

「結局、翼くんは、サッカーさえあれば私なんかどうでもいいんだ!」

泣きながら、叩きつけるように言葉を投げた。翼くんは悲しそうな顔をして、それでもきっぱりと、
作品名:so,I was pain. 作家名:坂本 晶