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あなたとわたしが乗れない電車①

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1.

 視線を自分の足元に落とすと、そこに子供がいる。にこ、と笑いかけると、眉間に皺をよせて警戒された。この反応はきっと嫌悪にいちばん近い。そうして所謂―――同族嫌悪というやつだったりする。それを知っている折原臨也は、それを知らない子供から視線をそらして空を見上げて嘆息した。
 どんなに過去に何をしていようと、未来は常に未知数で計り知れない。過去で悪行を積もうと善行を積もうとあんまり関係はない気がするけれど、まあ、生きているだけで誰か他人の邪魔になるにんげんというものは、謙虚でいた方が生きやすい。その理屈は非常に効率的であるし、そうしてそれだけというわけでもない。そういうふうに説明して、わかるひとはわかる。わからないひとはわからない。だから言葉というのは使い勝手が良く、そして悪い。そういう不安定さが折原臨也の好むところで、つまるところ、その折原臨也はいくつになろうと大人らしい落ち着きなんてはるかかなたにあるものだと、自他ともに思っていたし、むしろ、想像だにしていなかった。
 けれど、事実というのはときに奇妙で、いびつでどうしようもない。
 折原臨也はいつの間にか、ひとりのこどもの、父親になっていた。
 残念ながら、子供を産ませるほど特定の個人に執着はしないだろうと思っていたし、むしろ、度外視した可能性でさえあった。そうして実際そうだったのだけれど執着などとはまったく別の次元で、やることをやっていれば、子供なんてものはぽとん、と傍に落ちてくるのだ。振り出した雨の一滴が顔にあたって、ああ雨か、と空を見上げるくらいの感覚で、いつのまにか子供がいたのだ。そうして、顔に落ちた雨の一滴をぬぐうように、自分は気づけば、その子供を抱き上げていた。




2.

 折原臨也は、ひとでなしだ。
 太陽は、東から昇る。空は、青い。ひとは、いつか死ぬ。セルティ・ストゥルルソンは、デュラハンである。―――それらと同じくらいのたしかさで、折原臨也はひとでなしだった。そして、起こってしまった事実として、折原臨也は現在、ひとりの子どもの親である。そう、しあわせそうな人間を見れば、息をするのとおなじくらいの自然さで地獄へと引きずり込み、悩む人間がいればするりと心の隙間に入り込み、さまざまな事態に引きずりこんだ挙句、その心理を言い当て婉曲な自殺教唆をしてもつまらなかったと嘆息し、平和島静雄がいれば落ちていけとばかりに存在それ自体を貶める。つまり、他人への興味が過ぎると下衆にしかならないという良い見本のような男だった。
 そんな折原臨也は現在、ひとりの少女の父親をしている。
「何か、悪い夢みたい」
「何がですか?」
 対面式のキッチンで、まだ小学生の娘は家事をしている。なぜか、炊事洗濯は万能な娘だった。だから折原臨也はぼんやりとリビングのソファの背に肩肘をついて、キッチンの娘を眺めている。もちろん、身長が身長なので、台に上っていたりするのだけれど。
「自分に血の繋がった子供がいるってことが」
 何の気なしに言ってから、ああ、言葉の選び方を間違えたと気づいた。普段から、折原臨也は好んでこんなふうに言葉を使う。そうして、いざとなると間違える。そして間違えた事実さえも楽しむのだから、始末に負えない。そんなふうに、自分でも思っている。ただし、そこに内省的な意味は含有されていない。
 折原臨也はけれどそのまま自分と血が繋がっているはずの娘を眺めた。子供は、傷つくのだろうか、そうして泣くのだろうか怒るのだろうか。それとも意味さえわからずにいるのだろうか、わからない無邪気さを故意に揮ってみせるのだろうか。
 けれど子供は、まな板に落としていた視線を上げて、折原臨也と視線を合わせてにっこりとほほ笑んだ。
「悲しいお知らせがあります」
「なに?」
 興味をそそられて尋ねる。子供の笑みが濃くなった。
「残念ながら、僕はあなたにそのままその言葉を返さなくてはなりません」
 残念ながらこんなふうに、折原臨也はいつもいつも、これが間違いなく自分の血を引いているのだと思い知る。




3.

 おとなしくて素直なはずの娘(表面的に、というか普段は、というかなんだか所詮そんなニュアンスにすぎないのだけれど。)が、ときどきたまに、すごく意固地になることがあって、そうなってしまうととてもとても頑固なので、折原臨也はときどきたまに、頭を抱えることになる。今日も今日とてそうであって、そうして、折原臨也はまったく娘が意固地になる理由に見当がつかないため、今日も今日とて手をこまねいて見ているしかない。
 重苦しい沈黙がダイニングに落ちている。窓に背を向けて座るのが折原臨也で、その向かいに娘が座っている。むむむ、と寄せられた眉は、折原臨也に何かを伝えようと必死であるらしい。折原臨也も、彼女が必死であることはわかる。そしてつまり、必死であることしかわからない。
 そうして、わずかに困っているのが娘に通じたらしい。娘の目に、ぶわりっと涙が盛り上がった。
「おかーさんのばか!」
 そう言って止める間も無しに出て行ってしまった。運動が得意でなく、むしろトロいんじゃないかと心配していた娘とは思えぬスピードで出ていった。止めようと持ち上げられた腕がむなしい。ばたり、とテーブルにたおれこんだ。

「おとーさん、なんだけど、なあ……」

 娘はいったい自分に何を期待しているのだろう。
 これが反抗期か、と折原臨也はすこしばかりしょぼんとしながら、娘の避難地であり、自分の数少ない友人宅である岸谷家へと、なにかあったらよろしくと、電話をかけた。





4.

 自分の、子供時代が思い出せない。
 ぐでんとソファに寝そべった。それなりの値段のつくソファは、成人した男がごろりとしても十分なスペースが確保される。それをいいことに、ごろりごろりと落ちない程度に折原臨也はソファに居着いている。天井でしらじらと輝く蛍光灯は、なんでこんなふうにうそくささを助長させるのだろう。そんな雰囲気が折原臨也は好きだった。
 あんなふうだったかなー、と考える。思い浮かべるのはもちろん、自分と血の繋がっているはずの娘のことである。
 情報を片手間にもてあそんでいると、ときどきひどく世界から浮いて見えるらしい。まだ中学生にもなっていない娘に、何とも言えない顔で見られるのはそれこそ、娘を引き取ってからえんえんと変わらない。挙句、最近では、「針で刺したら赤い血が出てくるところが現実の世界です」などと言う。知っているよ、と返せば、深々とためいきをつかれた。ほんとうに知っていたら、そういうふうにはいられないんですよ、とことばを重ねられた。
 理解はできないけれど、こんなのが父親をやっていると子供はできた人間になるのかもしれない。それにしたって所詮、同じ穴の狢なのだけれど。
 娘はスタンダードで、折原臨也はステレオタイプ。そうして、強調された特徴なんてものは、結局ただのキャラクターなのだ。
 折原臨也はクッションを抱きしめながらため息を吐いた。
 子供を育てたなんて胸を張れない。