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あなたとわたしが乗れない電車②

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5.

 自分の子供がかわいいかと聞かれれば、折原臨也は間違いなく、きもちわるい、と答える。かわいいかわいくない、ではない。きもちわるいのだ。根本的な近親者への憎悪が、まさか自分の子供相手に反応するとは思わなかったが、けれど納得できることはできる。なにせ、自分と同じ血が、あのちいさな体のなか、うすくて血管が透ける白い皮膚のした、流れているのだ。きもちわるくないはずがない。
 けれどそれは、嫌悪だとか憎悪だとかの悪意をイコールで直接意味したりはしない。かわいくはないけれどかわいがりたい、のだと思った。とりあえず、折原臨也は広いクローゼットに入りきらないくらいの子供服をあつらえた。それから、ジャンクフードや菓子類や酒や煙草や炭酸飲料をまとめて捨てて、かわりに本屋へ行って料理の本を仕入れ、オーガニックを扱う店に行って食材を大量に買い込んだ。部屋の換気をきちんとして、適正温度に室内を保つようにした。できるだけ家にいるようにして、仕事は生活が維持できる程度に抑えた。ただいまと言われたらおかえりと返せるようにした。
 そうして、真新しいやわらかい素材の洋服に子供の頼りない体を包んで、手をつないで公園へ向かった。折原臨也の顔を知る誰もが、一瞬顔を引きつらせ、いろいろな想像力をめぐらせて、結局何も言わないままに去っていった。その様子が少し愉快だった。そうして、もっと観察してもいいのだけれど、と思いながら公園で遊んだり遊ばせたりした子供が、眠そうに眼をこすったので帰ることにした。
 それだけのことをしていても、折原臨也は自分の子供などきもちわるいと思うし、そう言葉にすることにためらいはない。けれどそういうふうに言うと、誰も彼もが眉をひそめるし、矛盾しているのだという。どちらかが嘘か、両方が嘘か。そんなふうにしか考えないらしい。折原臨也はそういうことをひとよりたくさん知っていた。知っていたから、子供の目からそれらを隠すことに大した苦労は感じなかった。知っているということは、折原臨也にとって、取り扱える、ということなのだ。
 真実というのはいつだって、妙にいびつで形がわるい。かたちのととのっていないそれはいつだって、こんなものは違うというひとの声のなかに埋もれていく。

「たぶん俺はねえ、きみのことが、にんげんすべてよりだいすきだよ」
「そうですか。ありがとうママ。だいすきです、ママ」

 パパだからね、といいながら、折原臨也はその子供の手を離すことはしない。




6.

 意識してかわいがっている娘が、さいきんふさぎがちになっていて、思春期かな、と思ったらほんとうに思春期だった。
 なーす、なーす、と鼻歌を歌いながら、折原臨也が焼き茄子でもしようかと茄子を切っているところに、背中から娘が抱きついてきた。料理中は危ないよ、とやんわりなだめるが、ぐりぐりぐりぐり背中に頭をこすりつけられる。自分の背中、肩甲骨にもとどかない位置に娘の頭があって、いとおしいなあと思う。この子供は、いとおしい愛すべきものだった。
 どうしたの、といったが娘は何も返さない。なら、と気にしないでみっつめの茄子にとりかかって、いつつめを切り終わるころに、ぼそり、と娘が言った。その音を拾いきれなかった折原臨也は、やさしく自分の腹にまわされた子供のちいさな手をほどいて、しゃがみこんで向かい合う。なあに、と折原臨也がいうと、娘はうつむきがちに、好きなひとができたかもしれないの、ママ、という小さく言った。パパだから、といつもどおりに折原臨也は返した。
 そっかあもうそういう年齢か、と折原臨也はなんとなく、あの冬の寒い日、降り始めた雨の中でこの子供を抱き上げた瞬間を思い出す。折原臨也の娘は、あいかわらずちいさいが、それでも大きくなっていた。
 そう思ったら、ぼろっと涙がこぼれた。
 あーあ、というような顔を娘がした。けれど折原臨也はそれどころではない。ぼろぼろぼたぼたと流れる涙は、いっそ涙ではなくて頭のなかのなにかしらの液体がまちがって出て来てしまっているのでは、と思うくらいにとめどない。
 娘は、ポケットに常備しておいたらしいティッシュを取り出して、はい、ママ、ちーん、と言った。折原臨也は、ぱぱだから、と弱弱しく返しながらおとなしく従った。
 そうして結局、床に膝をついて折原臨也は泣き続け、娘はいっしょうけんめい手を伸ばして、折原臨也を抱きしめた。

「大丈夫ですよ、僕くらいの年頃は、恋に恋する年齢なので。ついでに、僕はまだ11歳なので結婚できません」
「結婚、できなくても、セックスは、できる……」
「多感な年頃のむすめに何てこと言うんですか」
「………ほかのおとこにやられるくらいなら、」
「すいません、禁断の愛系はちょっと」
「うわあん、昔みたいにママと結婚するーって言ってー」
「その昔、そう言った僕に、親子は結婚できないんだよ、ってすごいイイ笑顔で言ったのはママです」
「えーうそーやだー」

 ええええん、と折原臨也は涙をこぼす。余興のようで、本気のようで、やっぱり茶番みたいなものだった。




7.

 情報屋はなんでも知っている。
 とまではさすがに言わないけれど、知っていることは知っている。そして、知ろうと思えばたいていのことは調べられる環境が整っている。そのため、折原臨也は娘が小学校にあがるころには、そこの教職員から児童生徒のすべてはもちろん、その三等親に及ぶまでを調べつくしていた。大部分は、娘と暮らし始めた時点で地域中の情報をさらっていたのでさほど難儀はしなかった。地域の住民の入れ替わりなどの情報をいつでも網羅できるようにアンテナをはったりもした。ほかにも、ちょっと内緒かな、というようなことをけっこうやった。
 そんな折原臨也の行動を見た岸谷新羅が、ちょっと過保護すぎないかい、と言った。折原臨也が、セルティ小学校に通いたいって言ったらお前も絶対同じことをする、と反論したため、臨也は僕がセルティに注ぐくらいの愛情を娘に注いでいるのかいどんな変態だい、お前に言われたくない、と至極どっちもどっちな口喧嘩にまで発展した。
 そんなふうだから、折原臨也は学校関係のことはすべて把握しているといっても過言ではない。憲法から教育基本法、学校教育法から指導要領の新旧両方に至るまですべてを読みつくしたくらいだ。ついでに、教員免許をとったりもした。
 というわけで、残暑を乗り切った10月、折原臨也はいつまでたっても来ない、学校公開のお知らせに首を傾げていた。学校の予定表も配布されているため、もちろんそのなかには学校公開という文字が書かれている。あれえ、と思い、つまりあれかな、と思って娘にそのことについて尋ねた。娘は、ああ、たぶんそのお知らせはうちにはこないんだと思います、と言った。
「先日、担任の先生と学年主任の先生と校長先生と教頭先生と教務の先生に囲まれて、ごめんね、と謝られました。まあ、先生方があまりに必死なのでかわいそうになって、言及はしませんでしたけど。どうせ理由なんて聞かなくてもわかりますし」
 強かすぎる。それに、と娘は言葉を続けた。
「前に来たときは、先生に塩まかれてたじゃないですか」
「あー、あれはねー」