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あなたとわたしが乗れない電車③

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8.

 折原臨也の娘は、自分がかよわくはかない存在であることをわりと幼いうちに知った。それというのも、折原臨也が彼女の親だったからなわけで。
 御しやすいと思われればさらわれる。かよわいと思われれば殴られる。はかないと思われれば殺されるだろう。折原臨也の娘だからそういう事態に遭遇しやすいのだけれど、けっきょくそういう行動を周囲に起こさせてしまうのは、自分が自分だから、としか言えない。
 折原臨也の娘は、そんな環境のせいで、けっこう、にんげんが嫌いだった。くだらないな、というのが感想だった。それを感じた瞬間の、自分の足もとに世界が広がる感覚を、とりあえず彼女は嫌悪してみた。無駄だった。そうして、彼女は自分が折原臨也サイドの人間であることを学んだ。
 というわけで、折原臨也の娘は、お人好しで、はかなく、かよわい存在であることにこだわってみた。被害者という字面から世間を眺めて見た。言葉を発してみた。存外、つまらなかった。被害者という立場からしか発せられない言葉は、結局誰かの同情にすがるしかないようだ。自分では何もしない、という宣言のようなものは、彼女にしてみたら邪魔なものでしかなかった。
 折原臨也の娘は、お人好しだった。はかなかった。かよわかった。
 けれど、結局折原臨也の娘として、お人好しではかなく、かよわいままで生き残ってみせた。
 暴力も甘言も権力も、すべてわらって受け流して見せた。あっとうてきにかよわいままで、そのかよわさとはかなさで立っていけると証明してみせた。



「僕に、僕なんかに、何ができるって言うんです。こんな細い手で、貧相な体で、十人並みの容姿で、ひとなみの頭で、逸脱しない思考回路で、こんなただのこどもに何ができるっていうんです。あのひとは、僕を溺愛してみせるけれど、決定的なところで、僕を助けたりはしませんよ。そういうことじゃないし、そういうものじゃないんです。僕が死んで見せたところで、あのひとはただ笑って見せて、自分に娘がいたという事実さえすぐに忘れるでしょう。それだけですよ。軽いんですよ。はかないんですよ。たよるすべもない、ただの子どもなんですよ」
 折原臨也の娘は、立ち上がる。部屋のなかにいるのは数名、まったく、彼女の言葉さえ耳と耳の間の深刻な空洞をとおりすぎていくようなにんげんたち。案の定、彼女の言葉を理解できたにんげんはいないようだ。
 さらわれたとて、縛られもしない。彼女はその程度の存在だった。彼女は、それを有効に利用する術を、折原臨也の娘になった瞬間から考え続けている。
 制服のスカート、ポケットに手慣れたかたい感触。彼らのうちのひとりに歩み寄って、すぐさまそれを掴んで彼の額に突きつけた。カシュリ、とこすれる音。こつり、と骨に当たった音がした。ひ、と目の前の彼が喉奥で悲鳴をあげた。
「ばーん」



 ただのこどもが、拳銃なんて持っているはずないじゃないか、と彼女は思う。突きつけたのは、ただの携帯電話だ。暴力を象徴するあの物体なんて、この平和な国に似合うはずもないだろう、と思う。
 ただのこどもが持っていないものを、持っていると思わせるのが折原臨也の娘だという肩書だった。
 直接的な手段を使いたくないのはやまやまだけれど、彼女の手練手管はいっそ折原臨也くらいにならないの機能しない。彼女は、自分で考えて自分で判断する人間が好きだった。そういうにんげんと渡り合うすべなら持っている。けれど、そうでないにんげんともなると。
 折原臨也の娘は、なにも持っていないけれど、ネットワークだけは持っていた。持っている、ということさえ本来ならば無意味な程度のもの。折原臨也の娘が身につけているのは徹底的に無価値な手練手管のみだ。圧倒的多数のにんげんの前には一切機能せず、けれど、ほんの一握りのにんげんの前で暴力的なまでに機能する。
「ありがとうございました」
 折原臨也の娘は、ぺこり、とていねいに頭を下げる。こちらこそ、と四木は頭を下げた。
「お互い様ですから」
 ははは、と和やかに四木が笑って、そういっていただけると助かります、と折原臨也の娘は笑った。
 人間関係は複雑に絡み合う。表面的でも、深淵まで潜ろうと、それは変わらない。にんげんの後ろ暗い部分には、相応のものが群がる。そうして狭い街のなか、起こってくるのは自分の領分の取りあいだ。
 では、と折原臨也の娘は、他人の後ろ暗い部分に付きまとう影に、あっさりと無防備なまでに背を向けた。イレギュラーとイレギュラーとイレギュラー。偶然としか思えないもの。他人の心臓。折原臨也の娘は、それらを眺めることに慣れていた。そんなもの、慣れてしまえばただの日常に過ぎない。
 ふと、背中から声がかかる。ほんのすこしの焦りと恐怖をねじ伏せて、折原臨也の娘は振り返る。
「気をつけて」
 四木が言った。ごていねいに、と笑って礼を言い、歩き出した。



 夜道は暗く、心もとない。折原臨也の娘は、できるだけ灯りのあたる道を選んで歩く。夜道におびえる様子は、ただのこども、そのままだ。



 家に帰れば、折原臨也が、何でも知っているくせに、何も知らない顔をして、「おかえり」と言うだろう。折原臨也の娘はただ、「ただいま」と答えるだろう。折原臨也はちょっとだけそわそわとして、「どうしたの、今日は遅かったね」というだろう。折原臨也の娘は、「委員会が長引いたの」と笑顔で答えるだろう。
 それが折原臨也の娘の、日常だった。




9.

 折原臨也にとって、娘は愛すべき存在だし、可愛がるべき存在だ。折原臨也が親と言うだけで、折原臨也の娘はよくよく色眼鏡をつけて眺められる。どんなふうに手に負えないこどもになるのだろうと折原臨也は考えていた。手に負えないこどもになった方がおもしろいとさえ考えていた。けれど、折原臨也や折原臨也を知る圧倒的多数のにんげんの予想を裏切って、折原臨也の娘は、おひとよしでかよわくはかないままで育った。折原臨也のようなにんげんとは、およそ対照的なにんげんに見えた。折原臨也を知る圧倒的多数のほとんどは、親を反面教師にしたのだと納得した。ごく少数は控えめに、首をかしげた。折原臨也の血を引いて、折原臨也を親とし、折原臨也の娘として眺められて育ってきた子どもが、ただ、おひとよしでかよわく、はかなく育つものだろうか。けれど、そのにんげんたちから見ても、折原臨也の娘は、おひとよしでかよわくはかなかった。その点に異存はない。いっそ、折原臨也の娘だというのに、可愛らしく思えるくらいだ。
 折原臨也の娘に対する、他人の評価はそんなものだった。
 けれど、折原臨也のごくごく個人的な所感として、折原臨也の娘はけっこう可愛くない性格をしていると思う。

 あるとき折原臨也は、まだまだ幼い娘に、七夕の織姫と彦星の話をしてやった。年に一度しか会えない恋人の話を聞いて、お人好しの娘は、かわいそう、と真剣に涙をこぼした。かわいかった。けれど、その翌年、ねえママ、知っていますか、と折原臨也の娘は言った。パパだから、と訂正しつつ、折原臨也は何を、と問うた。折原臨也の娘は、調べてみたんです、というふうに前置きをして言った。