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コンビニより愛をこめて

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静緒と二人で飲むのは珍しくは無い。
 …というか最近は週に一度くらいは一緒に飲んでいるかもしれない。
 場所は仕事帰りのサラリーマンが屯する居酒屋ではなく、比較的仕事場から近い俺のアパート。そして安上がりに、コンビニで買ってきた缶酒を飲むのがいつものパターンだった。


 東京には居酒屋なんて腐るほどある。それなのに「何でわざわざ、自宅で飲むのか?」と聞くヤツがいる。まぁ、『金も無いし安上がりだから』とか…色々あるが一番の理由は、『酒の力を借りて“池袋最強”にちょっかいを出す命知らずが増えるから』だ。そういう奴らに静緒がキレて請求書の山を作るくらいなら、自宅で二人きりの方がゆっくりできるだろう。

 寒風吹きすさぶ中、今日も仕事帰りに静緒を誘い、コンビニへと足を運んだ。慣れた手付きで缶酒とツマミを買い物カゴへ放り込み、レジに並ぶ。そこまではいつも通りだったのだが、誘惑に負けてレジ横の蒸し器で待機中の肉まんを一つを衝動買いしてしまった。

「うっわ、さっびぃ~」
「そうっすね。あれっトムさん、何買ったんですか?」
 コンビニから出ると、肌に突き刺さるような冷気が一斉に襲い掛かって来る。コートの襟を立て、その襲撃をやり過ごすと、先に外に出ていた静緒が俺の手の中に収まっている白い包紙を指差した。

 一見事務服かと間違われがちな彼女のバーテン服は、安価な物には無い機能性が施されており、贈り主のデザインセンスが見え隠れしている。
 そして今の静緒はバーテン服の他に寒さ対策として、黒のタイツと長めのマフラーを巻いていた。今の時期にしては薄着に思えるが、一緒に仕事を始めた年はもっと酷かった。静緒は真冬でも防寒対策をまったくしなかったのだ。“コートでバーテン服が隠れてしまうと余計な面倒が増える”という事は俺も分かってはいるが…

傍で見てる方が寒い!!…っていうか俺が寒い!!

 その為、その年のクリスマスに“女性は下半身を冷やしちゃいけない”と大量のタイツを贈り付けた。その後も毎年何かしら、防寒着をプレゼントしている。暴れて駄目にしてしまう事も偶にはあるが、基本的に静雄は贈ったものを大切にしてくれるので、贈り甲斐があるし

自分が贈った物を好きな子が身に付けてくれている姿を見るのは嬉しいものだ

「珍しいですね、トムさんが衝動買いなんて」
「まぁ、偶にはな~」
 覗き込むようにして近寄って来る静緒に急かされ、包紙から熱々の肉まんを取り出す。すると、外気に晒された肉まんからは大量の湯気が噴き出し、俺の眼鏡は一瞬で白く染まってしまった。
「あ~やっちまった。これだから冬は…」
「見事に真っ白っすね」
 冬は眼鏡を掛けている者にとっては気を付けなければいけない時期だ。凍てつくような外気に晒されたレンズは、温かい室内に入ろうものなら一瞬で真っ白になる。子供なら未だしも、大人がコレを人前でやらかすと失笑ものだ。長く眼鏡を掛けているので冬はコンビニに入る時も気を付けてはいたが、肉まんからの突然の襲撃は予想外だった。

「…悪い静雄、眼鏡持っててくれるか?」
「はい」
 曇りの取れない眼鏡を静緒に手渡し、ぼんやりとした狭い視界の中で悪戦苦闘する。やっとの思いで肉まんの上部を切り取ると、白い生地の中からは食欲を掻き立てる匂いと肉汁が零れ始めた。匂いに釣られて千切った一切れを口に含むと、暖かく懐かしい味がする。
 予想以上の味にもう一口…とも思ったがこれ以上食べると酒が入らなくなると思い、預かってもらっていた眼鏡と交換に残りを全て静緒に手渡した。

「けっこう美味いぞ、コレ」
キョトンとした顔で包紙を受け取った静緒は、自分の手の中に納まった肉まんと俺の顔を交互に見比べている。
「どうした?あと全部食っていいぞ」
「…はい、有り難うございます。って、えっ!?これっほとんど全部じゃないですか!?」
「この後飲むからな~、俺はこれで十分」
「何で…」
「…あっ、食べ掛け嫌だったか?でも、ちゃんと手で千切ったから口は付けて無いぞ」
「違います!!そっ…そういう意味じゃなくて…」
「んっ?」

 静緒は恥ずかしそうに俯くと、蚊の鳴くような声で「…何で、俺が食べたいって思ってるって分かったんですか?」と呟いた。その顔は湯気が出そうなほど赤く染まっている。

「…まぁ。さっき蒸し器の中、覗き込んでたしな」
「っでも!!蒸し器の中には他の種類も沢山ありましたよ?!」

 言っておくが、別に静緒は大食漢ではない。消費しているカロリーから言うと少食だと思うほどだし、普段の食事については俺と同様、インスタントとファーストフードのオンパレードだ。
 しかしそんな静緒にも、時々無性に食べたいと思うものがあるらしい。
 大概はファーストフード店や看板などで宣伝されている新メニューやデザート等の安上がりなものだ。俺は幸せそうに食べ物を頬張る彼女を眺めるのが好きなので、仕事の合間に理由を付けて食べに行ったりもしていたが、どうやら、静緒に食べ物を与えるのが自然と癖になっているようだ。

「まぁ、こんだけ一緒にいれば、相手の好みも分かってくるってことじゃね?」
「…そうなんですかね?」
「そうそう」
 誤魔化し半分に頭を撫でてやると、納得しかねている様子の静緒はしぶしぶ湯気の出る肉まんに被りついた。彼女の“もふもふ”という擬音が聞こえてくるような食べ方に思わず笑みを零すと、彼女の赤みを増す頬に付いた汚れが目に付いた。

「静緒、頬にタレ付いてるぞ」
「えっ、ここですか?」
「逆だな」
 人差し指で頬に付いていた汚れを拭う。その指に付いたタレを軽く舐めると、なんだか先程食べた肉まんより幾分か美味いような気がした。今度コンビニに寄った際に、また買ってみようかと考えていると、目の前の静緒は何故だか分からないが震えながら頬を抑えていた。

「やっぱ美味いなコレ。あっ、もう取れたぞ」
「有難うございます…って違う!!そうじゃなくて!!」
「ん~?」
「…こんな事ばっかりしてると、勘違いした女に後から刺されますよ」
「ははは、こんな事静緒にしかしねぇから大丈夫だろ」
「…トムさん。分かってて、言ってるんですか?」
 笑いながら「どうかなぁ」と呟くと、静緒は頬を膨らませた。どうやら本格的に拗ねてしまったらしく、肉まんの包紙に顔を埋めて早足で先に歩き始める。慌てて後を追いながら走りだしたが、彼女の歩調は緩まない。観念して後から呼び掛けると、足を止めゆっくりと振り返ってくれた。

「トムさん」

 振り返った彼女の声は小さく儚げなものだったが、静かな夜の街にはっきりと響いて消えていった。
 俺の名を呼んだ後、俯いてしまった彼女の手を取り、暖めるように包み込む。すると冷え切った指先同士が触れ合う先に、穏やかな熱が生まれ始めた。その熱はとても優しく、暖かいものだった。

「もう俺、子供じゃないです」
「あぁ」
「だから…」
 彼女の掌は一度包み込んだ掌を力強く握り返すと、ゆっくりと離れていった。
刺すような冷気を一際に感じ、遠ざかる熱を追いかけるように腕を伸ばす。すると静緒はその腕から逃れるように身を引き、顔を上げると薄っすらと白い息を吐き出した。

作品名:コンビニより愛をこめて 作家名:伊達