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蒼い季節

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スポーツに力を入れている学校にとって、不祥事は御法度だ。ここ、東邦学園でもそれは一緒。しかし、元来女好き、祭りごと好きの反町にとって合コンの誘いは魅力的な代物だった。それでも一応、サッカー最優先の彼は数多の誘いを断り続けた。それが、高等部に上がってすぐの春のこと。

そして5月。反町は考えた。水曜日、サッカー部の休息日の放課後。夜間外出は無理だが、お茶会くらいなら問題なかろうと。思い立ったら行動は早い。親しい女の子に声をかけ、これまた親しいクラスの男にも声をかけ、人数は多いに越したことはないと、日向と若島津にも声をかけるがあっけなく玉砕し、これまた気乗り薄のサッカー部員、島野と小池、松木を半ば強制的に参加させる。練習やミーティングの合間をぬって器用にセッティングをこなし、そして当日。

学園の敷地から少し坂を下ったところにある喫茶店が会場だ。極めて健全な集まりではあったが、反町の人脈か、はたまた常勝サッカー部の威光か、中は貸し切りになるくらいの人数で溢れ、小池が遅れて到着した時にはすでに、そこはパーティー会場と化していた。

「……すっげーな、こりゃ」

半ば呆然と場内を見渡す。その小池を反町が見とめ、陽気に手を振る。少しだけ手を上げて答えると、アイスティーを頼んで席を探す。元がそれほど大きい店ではないので席数はそんなに多くはないが、立ち話な者も多い。奥の隅に空いた席を見つけると、受け取ったばかりのグラスを手にしてそちらに向かう。

その場所は場内の喧騒から隔絶されたようにひっそりとしていた。女の子が一人、つまらなそうに本に目を落としている。小池はその雰囲気に呑まれたように、声をかけることも座ることも出来ず、立ちつくした。フッと女の子が顔を上げ、小池と視線が合う。

「ここ……いい?」

勝ち気そうな眼差しに少し気後れ気味に言う。

「どうぞ」

女の子は素っ気なく答え、再び本に視線を落とそうとする。小池は慌てて言葉をかける。

「あ! 俺、小池秀人。反町と同じサッカー部1年。……君は?」

「……金木宵子」

目の前に座る小池を胡乱そうに見つめ、名前だけ名乗る。小池は自分と彼女の間に流れる冷たい空気に何ともいたたまれず、かといって今座ったばかりで立ち去るのも失礼かと、どうにもならない居心地の悪さを感じた。

フッと視線が彼女の手元の本に向く。瞬間。

「あーー!!」

思わず小池は指を差して立ち上がった。自分がずっと欲しくてたまらず、けれどすでに絶版で見つからなかった本がそこにあったのだ。小池は立ったまま本を指した。

「それ! 金木さんの!?」

「……うん」

驚いたように体を引く宵子の肩をガシッと掴み、頭を下げる。

「読み終わったらでいいから、貸してください!」

大真面目な態度の小池のその仕種に、宵子はプッと吹き出した。

「いいわよ」

ひとしきり笑って、彼女はそう答えた。

話してみると金木宵子は良い娘だった。スポーツにはまるで興味がないようだったが、本の趣味は似ていた。ショートカットのストレートヘアも白いシャツに洗いざらしのジーンズという姿も、彼女のサバサバした性格をよく現わしていた。

宵子も、小池に少なからず好印象を抱いていた。派手なことは好きじゃないというのに、無理矢理友達に連れて来られて気分が滅入っていた。そっとしておいて欲しくてわざと端の席でツンケンした態度をとっていた。そこに、小池が現われ、声をかけた。正直、ウンザリしていたけれど、答えないのも失礼かと礼儀程度に言葉を返す。そこに、暇つぶしにと持って来た本の話。ビックリした。宵子はどちらかというと自分が本をよく読む方で、かつマイナー好みな自覚があった。だから、まさか自分と似たような趣味の人に会えるとは思わなかった。話してみると小池はあの常勝サッカー部のわりに地味だった。確かにサッカーの話は嬉しそうに語っていたが、宵子が興味なさそうだと知るとすぐにやめた。小柄な体格もあっさりしたサルっぽい顔立ちも真面目そうで好感が持てた。

宵子は解散する時に誘った友達に礼を言い、それから帰宅すると急いで読みかけだった本に目を通した。

翌日、宵子が小池のクラスを尋ねて本を渡すと、小池は少し驚いて、それから嬉しそうに「ありがとう」と言った。

本の貸し借りを頻繁にしているうちに何となく2人の距離は縮まっていた。ある日、もっぱら借りることが多い小池が宵子を映画に誘った。「お礼」と言ったその誘いを宵子は遠慮なく承諾した。その帰りに小池が宵子に告白し、2人は付き合い始めた。

それから1年が経っていた。

レギュラー争いは厳しく、1年次は鼻にもかけられなかった小池も、2年になればベンチ入りまでには上達していた。それでもはるか前を行く日向や若島津、追随する反町には遠く及ばなかったけれど。

ゆとりのあった1年の時とは異なり、自己特訓を含めて小池の練習量は増えていた。必然、宵子と会う時間も減っていった。気にしていないわけではなかったし大切にも思っていたが、それでもサッカーか彼女か、と問われれば、今はもう少しサッカーに集中していたかった。

自分がそんなだから、宵子が苛ついていたのは知っていた。文句の一つくらいは覚悟していたつもりだった。けれど、昼休みに呼び出された屋上で言われた言葉は。

「別れよう」

怒っている風でもなく、宵子はサラリと言ってのける。小池は言葉を返せず、黙っていた。

「小池が無理するのもイヤだし、私も無理するのはイヤ。だから、別れよう」

ニッコリ笑って差し出す宵子の手を取ることも出来ず、小池は情けない顔で見つめいていた。

「ごめん」とやっとの思いで頭を下げると宵子は、自分勝手はお互い様、と、もう一度笑った。

小池はまだ呆然としたまま階段を降り、教室に向かう。反町と松木、島野が何やら楽しそうに笑っている横をすり抜ける。

「あらやだ。秀人ちゃん、どうしたの?」

ガックリと席に着くと、反町が側に来ておどけた声をかけた。松木と島野も寄って来る。

「うるせえ」

机にへたったまま、小池が不機嫌そうに言う。

「金木と何かあったか?」

宵子と同じクラスの島野が言う。ピクッと反応するが、怒る気も失せ、ボソッと呟く。

「……振られた」

3人は、一瞬顔を見合わせ、それから堪えかねたようにブーッと吹き出す。大声で笑いながら小池の背中をバシバシと叩く反町の手をうっとおしそうに払い除けるが、反論の気力もない。

「小池、知ってるか?」

「何を」

ひとしきり笑いながら言う反町に憮然と返す。

「俺達が何て呼ばれてるか」

「知らん」

覗き込む彼から視線を逸らそうと、顔の向きを変える。反町はその小池の顔をグイッともたげるとニカッと微笑みかけた。

「……『日向小次郎親衛隊』だってよ!」

そう言うと、また3人で腹を抱えて笑った。今度は諦めにも似た、乾いた笑いだった。

「だーかーらっ! 秀人ちゃんも彼女なんて贅沢なもん作らないで、俺らとおホモだちしてよーぜ」

「……キショいこと言うな」
作品名:蒼い季節 作家名:坂本 晶